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古城巡り 写真館
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玉造要害山城 島根県松江市

2017/09/03
島根県 0
玉造神社
玉造神社
玉造温泉街奥部の玉湯川東側にあり、『出雲国風土記』および『延書式』にも記載されている古社。出雲玉作部(たまつくりべ)の祖神とされる櫛明玉命(くしあかるだまのみこと)を祀る。出雲国造は新任のさい、朝廷に参向して神賀詞(かんよごと)を奏上し、献玉するのがしきたりであったが、その玉の多くはこの地で作った。櫛明玉命のほか温泉守護、温泉療法の神である大名持命(おおなもちのみこと)および少彦名命(すくなひこなのみこと)も祀ってある。

 社宝として玉作跡から出土した玉類の完成品、半製品、砥石(といし)、古代のガラス、坩堝(るつぼ)など700余りがある。いずれも国の重要文化財。境内に古代住居を摸した収蔵庫があり、玉類をおさめている。その他の社宝に不味公の采配、玉造城城主佐々木氏の陣太鼓などがある。



御守り石
願い石~玉作湯神社(玉造温泉から徒歩5分)の境内に奉られており、はるか昔から「願い事を叶えてくれる」と評判の石で、島根県内でも人気のスピリチュアルスポットです。


玉造要害山城案内板
玉造要害山城案内板

玉造要害山城は、湯秀貞によって築かれた山城で、尼子氏重臣として活躍した湯氏の一族が拠った。
最高所の本丸を中心に、北西の玉作湯神社方面に山腹を半周する帯郭を含む四段の郭が設けられている。
本丸及び本丸の帯郭には、尾根筋方面に土塁、縦土塁が設けられ、加えて本丸直下の堀切は土塁を伴う厳重な構えとなっている。
麓の郭と本丸帯郭の間に設けられた郭には、食い違い土塁及び連続縦堀群が設けられており、帯郭の縦土塁と共に、尼子氏流築城術にはない特徴が見られる。
山上の遺構は保存状態が良く、空堀及び土塁が往時の姿を留めている。また、本丸下の尾根鞍部に井戸跡が残る。

鎌倉時代、佐々木泰清の第七子頼清が湯荘に入り、湯氏を称して拝志及び湯の二郡を支配した。
南北朝時代、湯頼清の孫湯秀貞が湯荘に入り、玉造要害山城を築いた。
富士名義綱が南朝方として隠岐にあった時、湯荘留守職の諏訪部扶重が謀反を起こし、玉造要害山城も攻められ落城した。
永禄元年(1558年)に記された玉作湯神社の棟札に湯菊丸の名があり、戦国時代後期にはこの湯氏の傍系が拠っていたものと考えられている。玉造要害山城のその後は詳らかではないが、毛利氏の手が加えられた可能性が指摘されている。






玉造要害山城 入口
玉造要害山城 入口



玉造要害山城説明板 入り口
玉造要害山城説明板 入り口



玉造要害山 削平地 郭
玉造要害山城 四ノ平



玉造要害山 削平地2 郭
玉造要害山城 三ノ平



玉造要害山 ニノ平
玉造要害山 ニノ平



玉造要害山 ニノ平標柱
玉造要害山城 ニノ平の標柱



玉造要害 登城道
玉造要害山城 登城道



玉造要害山 伝湯佐渡守古墓
玉造要害山城 伝湯佐渡守古墓



玉造要害山 一の平 土塁
玉造要害山城 土塁




玉造要害山 一の平
玉造要害山城 一ノ平




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玉造要害山城@ヤマシロ
㊟現地説明板を参考にしたイメ-ジ図テです('ω')ノ
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樋口山城守与六
Admin: 樋口山城守与六
関東を中心に、全国の城館をPhoto・PhotoMovieにて紹介します。近年(又は現在)の城館を紹介して行きます、以前は藪の中で在ったが現在は綺麗に整備された遺構を又は破壊、消滅された遺構も現在の在るままを紹介します,目に見える写真で城館を記録していきます・・・・・・・・・・・・!!デジブックは2020年3月31日に閉鎖になりました、沢山の御視聴ありがとう御座いました。
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