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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・PhotoMovieで見る 城館をどうぞ!!

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古城巡り写真館へ、ようこそ!!
北関東を中心に、城館をPhotoMovieにて紹介します
近年(又は現在)の城館を紹介して行きます。

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青森市城館 ② 青森県

油川城 新城 高屋敷館 青森県青森市









w300h300油川城遠景
油川城遠景
青森市外北西の丘陵地に位置し、東西200m、南北350mの規模で平地の中に孤立した城郭となっていた。現在は畑作地となり平坦化されている。
築城年代は不明であるが、諸書により南部氏奥瀬氏の居城とされる。「異聞記」に「油川へは南部奥瀬判九郎下り、外ヶ浜の代官となり、その子善九郎船水讃岐なり」とある。
津軽氏の「津軽一統志」に、天正13年(1585年)3月、大浦為信による油川一帯外ヶ浜攻めに際して一戦も交えず田名部に逃げ去ったとある




w300h300新城城、照法寺が城址
新城城、照法寺が城址
JR奥羽本線「津軽新城駅」の南西1km程の照法寺が城跡で県道247号線沿いに照法寺への案内が出ている
歴史的詳細については不明。





w300h300高屋敷館、復元整備がなされている
高屋敷館、復元整備がなされている(2013年7月)
古代(平安時代)の環壕集落(かんごうしゅうらく)遺跡で、指定面積約30,000平方メートル(南北約500メートル、東西約90メートル)です。遺跡の中心部には、空壕(幅6~8メートル、深さ最大約4メートル)と、壕(ほり)を掘った土を壕の外側に積み上げた土塁(どるい)とに囲まれた集落(南北約110メートル、東西約80メートル)があります。
遺跡のある丘陵地では以前から人が住んでいたようですが、高屋敷館遺跡では10世紀ごろから12世紀ごろまで人々が住み、11世紀には壕と土塁に囲まれた集落として最も栄えたとみられます。集落西側の土塁が途切れた部分から壕をわたり、木柱の門をぬけると、たくさんの建物や、建物をつなぐ通路、柵列がつくられ、鉄に係わる生産活動などが行われていたようです。
集落が途絶えると壕は完全に埋められ、近年まで果樹園などとして利用されていました。



㊟2013年7月に登城
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