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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Photo Movie で見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

小山城 山梨県笛吹市

築城年代は不明だが、江戸後期に編纂された『甲斐国志』によれば、室町時代の宝徳2年(1450年)には河内領主・穴山氏の一族である穴山伊豆守が在城し、甲斐守護・武田信重と敵対したという。『甲斐国志』によれば、大永3年(1523年)3月13日には小山城主である「穴山伊予守信永」が鳥坂峠を越えて侵攻してきた「南部某」と戦い、花鳥山に布陣し小山城へ籠城するが敗退し、信永は常楽寺(笛吹市御坂町二ノ宮)に落ち延び自害したという。『甲斐国志』では「穴山伊予守信永」を穴山信懸の子息・信永に比定し、小山穴山氏を継承したと推定している。
天正10年(1582年)6月の天正壬午の乱では、相模国の北条氏直が郡内地方を制圧し、鎌倉街道などの交通路を押さえ、御坂峠に御坂城を築城した。『甲斐国志』によれば、これに対して徳川家康は家臣の鳥居元忠に小山城を修築させたという。



小山城 城址碑


小山城 説明板


徳川家康は小山城を戦略的拠点の1つと考え鳥居元忠に命じて城を修築させ騎馬130、雑兵600人を守らせたと伝えられています。混乱が収拾すると小山城の重要性が失われ廃城になりました。現在も郭の形状や土塁、虎口の形状、櫓台の礎石、空堀など比較的遺構が残り、歴史的な重要性などから昭和48年(1973)に笛吹市指定史跡に指定されています。



小山城 虎口
小山城 虎口


小山城 虎口側堀
小山城 虎口側堀


小山城 曲輪内
小山城 曲輪内


小山城 空堀1
小山城 空堀


完成小山城概念図 山梨県笛吹市



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