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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Photo Movie で見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

成島館 山形県米沢市

成島館は、成島八幡神社一帯に築かれた館である、詳細不明だが城主は遠藤丹後守が伝えられる。
八幡神社の境内となっている広い曲輪が本丸で、陸続きの北と西に高土塁と空堀を設けている。虎口は西にあり、外側に枡形状の虎口がある。周囲に残る空堀で北側は空堀の底に仕切土塁があり二重空堀が残るが・・・・下草が多くて堀底まで見えませんでした。



成島神社
同社には43枚の棟札(むなふだ=建物の新築や修理の際、建物名・願主・大工名・年月日などを記して棟木に打ちつけた板)が残され、同社の歴史とともに置賜地方の歴史を知るうえで貴重な資料となっています。平成2年には米沢市の文化財に指定されました。
 この内最も古い棟札は、正安2年(1300)に置賜郡の地頭、長井宗秀が宝殿などを修理した時に納めたものです。さらに貞和4年(1384)、長井時春も宝殿を修理し、棟札を納めています。
 永徳3年(1383)6月1日の棟札は、伊達宗遠が拝殿を建てた時のもので、この頃すでに米沢地方の支配者が長井氏から伊達氏に移ったことを物語る貴重なものです。また、現在の拝殿は、この時新築されたものを、さらに何度か修理してきたもので、約610年前の建物となります。
 これ以降も伊達氏、上杉氏の歴代領主によって改築・修理・屋根の葺き替えが行われ、そのつど棟札が納められ、43枚と大変多い数となりました。
 この他、同社の古い歴史を物語るものに、県の重要文化財に指定されている門神坐像(もんしんざぞう)があります。本来は川西町の成宝寺にある僧形八幡神像(そうぎょうはちまんしんぞう)と一体となるもので、鉈彫(なたぼり)の素朴な技法が見られ、平安時代後期の作と考えられています。
 この頃には置賜郡に成島荘・屋代荘・北条荘と3つの荘園ができました。成島荘は米沢盆地の南西部、ほぼ現在の米沢市と川西町の一部を範囲とする荘園で、中心地は名前のとおり、成島にあったと考えられます。
 この成島荘の鎮守として祀られ、歴代の領主によつて手厚く保護されてきた成島八幡神社は、米沢では最も古い由緒を伝える神社といえます


成島館 成島神社鳥居
成島館 成島神社鳥居



成島館 成島神社も境内が主郭
島館 成島神社も境内が主郭




成島館 西側の虎口
成島館 西側の虎口




成島館 西側の堀
成島館 西側の堀・・・・・この時期はもう下草が多いですね('_')



成島館 虎口の先にも遺構が有るのだが
成島館 虎口の先にも遺構が有るのだが




成島館 社殿うらの堀だが、二重土塁だが見えません!!
成島館 社殿裏の堀だが、二重土塁だが見えません( ゚Д゚)




成島館 北側は公園となる
成島館 北側は公園となる


成島館遠景
成島館遠景



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