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古城巡り 写真館
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足利氏&足利長尾氏・・・関係寺院

2016/11/13
神社仏閣 0
足利氏&足利長尾氏・・・関係寺院




樺崎寺院跡~足利源氏の里

樺崎寺跡は足利氏宅跡(鑁阿寺)の北東の山間部、樺崎の谷に位置する足利氏の氏寺跡、廟所跡です。
文治5年(1189)、源姓足利氏2代目足利義兼が奥州合戦の戦勝祈願のため、伊豆走湯山の理真上人を開山として創建したといわれています。
奥州平泉での戦いの際、毛越寺や中尊寺などの華麗な浄土庭園を目にした義兼は、樺崎の地に極楽浄土の世界をあらわした浄土庭園をつくったとされます。
昭和59年(1984)以来の発掘調査により、このお寺が鎌倉時代初頭の浄土庭園をもつ寺院であることがわかりました。
八幡宮社殿の建つ山麓には多宝塔塔跡・供養塔跡・廟所跡が東を向いてならび、その前方の低地に広大な池が、周辺にもお堂たちならんでいました。
樺崎寺は鎌倉・室町時代を通じて足利氏の廟所として大切にされてきましたが、明治初めの神仏分離令により廃寺となりました。
樺崎八幡宮を含めたこの遺跡は東国の中世史と足利氏、鎌倉公方の仏教文化を代表する中世寺院跡として大変貴重です。


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法楽寺~足利義氏墓所


源姓足利氏3代目義氏は、建長元年(1249)に法楽寺を建立し、晩年の義氏はここに引退して余生を送りました。
義氏の墓所は本堂の南側に位置します。
墓所には現在でも、鎌倉・南北朝・室町時代の宝篋印塔、五輪塔が数多く並んでいます。


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心通院~長尾氏墓所



心通院は足利城主・長尾氏の第5代政長が両親の菩提をとむらうため、永禄9年(1566)に建立しました。
開山は、長林寺7世の学英宗益という僧です。
境内南西の丘上の心通院には、石積み基壇の上に、安山岩製の宝筐印塔3基が東面して並んでいます。
3基とも安山岩で出来ており、相輪の上半分が欠けています。
長尾憲長夫婦と政長夫婦の墓所があり、現存するのは石造宝篋印塔3基で、北から永禄12年(1569)「心通禅空居士(長尾政長)」、中央に天文19年(1550)「嶺叟(れいそう)禅東庵主(長尾憲長:政長の父)」、南に天正6年(1578)「繁興理栄大姉(政長夫人)」の順に並んでいます。



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長林寺~長尾氏歴代墓所


長林寺は足利城主初代長尾景人の創建で、長尾氏歴代の菩提寺です。
長林寺本堂の北西、山麓南斜面に、二段の石垣を組み、19基の墓塔をそれぞれ南向きにして東西方向に並べ、中央には石階段を設けています。
上段には、8基の墓塔があり、東3基が宝筐印塔、西5基が五輪塔です。
また、下の11基は全て宝筐印塔が並んでいます。
これらの墓塔は、長尾景直(景人の曽祖父)から定次までの長尾氏歴代の墓所です。



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樋口山城守与六
Admin: 樋口山城守与六
関東を中心に、全国の城館をPhoto・PhotoMovieにて紹介します。近年(又は現在)の城館を紹介して行きます、以前は藪の中で在ったが現在は綺麗に整備された遺構を又は破壊、消滅された遺構も現在の在るままを紹介します,目に見える写真で城館を記録していきます又史跡、神社仏閣、自然を気ままに撮ります・・・・・・・・・・・・!!デジブックは2020年3月31日に閉鎖になりました、沢山の御視聴ありがとう御座いました。
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