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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Photo Movie で見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

2016 米澤城登城

米澤史跡巡り





米沢は、長井氏、伊達氏、蒲生氏等が治めたことでも知られていますが、やはり、米沢と言えば上杉氏です。上杉氏と米沢について、簡単にお話しておきましょう。 米沢に来るならおさえておきたいポイントですからね!
 上杉氏といえば、上杉謙信を思い浮かべる方も多いと思います。謙信は、戦国の雄として、その名を全国にとどろかせたことで有名です。武田信玄との川中島の合戦は、戦国史上最大の戦いとして、歴史に刻まれています。
 謙信の跡を継いだ景勝は、慶長三年(1598)秀吉の命で、それまで居城としていた越後の春日山城から、会津百二十万石に転封されました。この際、米沢城には重臣直江兼続が配されました。その後、景勝は天下分け目の関ヶ原の戦いで西軍に加勢したことにより、慶長六年(1601)米沢三十万石に減封・移転されてしまうわけですが、これにより初代米沢藩主上杉景勝が誕生し、以来、米沢は、幕末の十三代藩主茂憲までの江戸時代約270年間上杉氏の城下町として発展し、今日に伝わる上杉士魂を育み続けたのです。



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米澤城本丸 米澤神社
米沢藩祖である上杉謙信公を祀る神社。旧米沢城本丸の奥御殿跡に建てられています。


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上杉謙信公
越後守護代・長尾為景の末子として、春日山城に生まれた。幼少期を春日山城下の林泉寺にて学問を学んで過ごした。14歳で元服すると、越後国内の反乱鎮圧に活躍、家臣団の信望を集める。そのため、兄・長尾晴景と対立するも、越後守護・上杉定実の仲介で、晴景の養子となり、19歳で越後守護代長尾家の家督を継いだ。



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上杉神社 社殿


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上杉家御廟所
当初は城内御堂の避難所として建てられたものですが、上杉景勝没後、米沢藩主代々の墓所となりました。
米沢城解体後の明治9年(1876)、藩祖上杉謙信の墓所を城内御堂より移し、参道正面奥に一間社流造の社殿を造営し祀りました。
御廟所の配列は、中央正面に謙信があり、その向かって左に2代景勝、4代綱勝、6代吉憲、8代宗房、10代治憲、12代斉定の祠堂が並び、中央より向かって右に、3代定勝、5代綱憲、7代宗憲、9代重定、11代治広の祠堂があります。
歴代藩主の廟所が置かれているのは珍しく、昭和59年(1984)国指定史跡となりました。


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林泉寺 直江兼続・お船墓所
直江兼続・お船の方の墓所は春日山林泉寺境内にあります。
もとは直江家の菩提寺・徳昌寺に葬られましたが、のちに春日山林泉寺と徳昌寺の間で争いが起こり、破れた徳昌寺が越後に去ったため、春日山林泉寺に改葬されました。


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堂森善光寺 前田慶次墓所
前田慶次が万世堂森に居を構え余生を過ごしたとの説もあり、慶次の供養塔が建立されている

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