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古城巡り 写真館
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真名板氏館 改 埼玉県行田市

2021/03/29
埼玉県 0
真名板氏館 Google真名板氏館 Google




吾妻鏡においてよくその名を知られた真名板氏の館跡と伝わるが、真名板氏の出自については詳しくは分かっていない。
 鎌倉幕府には「弓始、的始の儀」という正月の恒例行事があり、五郎次郎経朝はその行事で十年連続出場するという偉業を成し遂げるほどの弓の名手であったという・・・・・・・・後の真名板氏の動向については不明である。
医王山花蔵院がその館跡で在ったと云われる。






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真名板薬師堂は、発見された板碑によると延宝7年(1679)から天和2年(1682)の4年間をかけて建立したといい、当時は真言宗薬王山花蔵院の堂宇であったといいます。花蔵院の創建年代は不詳ですが、親鸞聖人の弟子沙弥西念が建立したという碑文がかつてはあったといい、残されている板石塔婆に建治元年(1275)の銘が残されていることからも鎌倉時代に寺院が存在していたことが伺えます。明治維新により花蔵院は廃寺、その後花蔵院堂宇は焼失してしまい、薬師堂と仁王門のみが残ったといいます。




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真名板氏館跡の現在(㊟以前は古墳の前に、真名板氏館の石碑が有りましたが現在は無)




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真名板薬師堂 阿弥陀一尊種子板碑 (市指定文化財、鎌倉時代中期 建治元年 1275年、緑泥片岩、高さ 351Cm 下幅 87Cm)
武士階級で在俗出家した西念が、主君の為に、鎌倉時代中期の建治元年(1275)に造立した。






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この古墳は、東西に主軸を持つ前方後円墳で、前方部には浅間社が祭られています。

現存の墳丘の大きさは、全長90.5m、前方部の高さ7.3m、最大幅50m、後円部の高さ5.4m、直径40mです。

これまでにトレンチ、ボーリング調査が数回行われていますが、埋葬施設等の詳細は不明です。ボーリング調査の結果から、古墳が約3m埋没しており、深さ約2mの二重の周掘が巡ることが判明しています。

築造年代、埋葬施設、副葬品類については明らかではありませんが、周辺から採集された埴輪(はにわ)片等から、6世紀後半の築造と考えられています。墳丘の形状は、かつて多量の封土(ふうど)が除去されたために、大きく変形しています。








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樋口山城守与六
Admin: 樋口山城守与六
関東を中心に、全国の城館をPhoto・PhotoMovieにて紹介します。近年(又は現在)の城館を紹介して行きます、以前は藪の中で在ったが現在は綺麗に整備された遺構を又は破壊、消滅された遺構も現在の在るままを紹介します,目に見える写真で城館を記録していきます又史跡、神社仏閣、自然を気ままに撮ります・・・・・・・・・・・・城巡り・カメラからのキャンプ覚醒!!
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