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古城巡り写真館へ、ようこそ!!
北関東を中心に、城館をPhotoMovieにて紹介します
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滑川町城館~2013.1.5

羽尾城 羽尾館 山田城 山崎城 青山城(再登城) 木曾殿館(木曾義仲誕生の地)  



羽尾城 
、「築城は元亀3(1572)年、松山城の出城として、山崎若狭守が普講奉行となって当り、山田伊賀守城主となる。天正3(1578)年、伊賀守宗道は没し、山崎若狭守が城主となった。同18(1590)年、豊臣秀吉の小田原攻めにより、徳川方の前田・上杉・真田連合軍が来攻、羽尾城は前田利家の軍に包囲され、激戦数10日、戦闘熾烈の攻防を繰り返したが、4月上旬散る桜と共に陥城した。」と記されている。
主郭部西側は良く整備されており、比高二重土塁や空掘など、残された遺構が非常に良好な状態で確認する事ができる。
w300h300X8SBFWR4羽尾城


羽尾館
城は滑川村の南端、市の川に面する台地上にあった。城のあった台地の南縁は市の川の攻撃面となっており、この付近で市の川は 大きく蛇行し、台地の裾を洗うように流れ、さらに南流する。 『滑川村誌』によれば「築城は元亀三年(一五七二)、松山城の出城として、山崎若狭守が普請奉行となって当り、山田伊賀守城主となる。天正三年(一五七五)、伊賀守宗道は没し、山崎若狭守が城主となった。
羽尾神社が館跡となる。
w300h300羽尾館


山田城 
山田城の創築年代や築城者については不明である
w300h300山田城


山崎城 
w300h300KC843KID山崎城


青山城(再登城)
、「青木家家譜」によれば、天慶の乱後、藤原成文の後裔と氏宗が青木氏を名乗り、ここに居住し、鎌倉幕府・関東管領に累代仕えたという。
また、「関東古戦録」には永禄5(1562)年、「小田原より松山城には上田安礫斎、同上野介朝広を置き、青山、腰越の砦と共に守らしむ」とあり、武蔵松山城上田氏の重要支城であった事が伺える。
 現  況 城址は下里の槻川にかかる割谷橋から奥に入り、右手に登る遊歩道から登るのが、大手口に当たる。
途中には、城址を示す案内標識もよく整備されている。

w300h300NYU1G7KO青山城・・割谷城


木曾殿館(木曾義仲誕生の地)
鎌形八幡神社より西に少し行ったところにある 「班渓寺(はんけいじ)」 です。ここが義仲誕生の地となります。
 境内に、義仲の室 ゙山吹姫の墓" が祀られています
w300h300YJTWW1DT木曾殿館


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1 Comments

ガーゴイル  

どこのドイツ

森林公園駅の森林公園にある山崎城は本当は行田城である。

2021/09/04 (Sat) 13:03 | EDIT | REPLY |   

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