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古城巡り 写真館
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大中寺 栃木県大平町

2020/06/28
神社仏閣 0
大中寺の参道と紫陽花
大平山南麓の山懐につつまれた名刹大中寺は、はじめ真言宗の寺として久寿年間(1154~1155)に建てられたが、その後、衰退していたのを快庵妙慶禅師が延徳元年(1489)に曹洞宗の寺として再興したという。
戦国時代、越後の上杉謙信は関東管領職を受けて、北関東に進出すると大中寺の6世住職快叟が叔父であったことから、この寺を厚く保護し、永禄4年(1561)、当時、焼失していた伽藍の修復を行っている。永禄11年(1568)、謙信が北条氏康と和議を結んだのもこの寺である。 その後、火災にあって焼けているが、天正3年(1575)、七世天嶺呑補のときに再建、九世柏堂(はくどう)の天正19年(1591)には、関東曹洞宗の僧録職を命ぜられ寺領100石を与えられた。
徳川家の信任厚く曹洞宗の徒弟修業の道場として栄え、大正初期まで参集する雲水でにぎわったという。 山門は、皆川城の裏門(搦手門)を元和2年(1616)に移築したものといわれており、古建築物の一つとして貴重なものである。 上田秋成の「雨月物語」にある青頭巾はこの寺を舞台として書かれたものであり、また、この寺に伝わる七不思議の伝説も有名である。





大中寺山門
大中寺山門 皆川城の裏門(搦手門)を元和2年(1616)に移築したものといわれている 




大中寺本堂
大中寺本堂 大中寺は平安時代後期の久寿元年(1154)に真言宗寺院として創建されました。




大中寺 おとらの墓
大中寺境内に建立されている「おとら様の墓」は皆川城主・皆川山城守隆庸の息女の供養塔(五輪塔)で、愛用の櫛などが菩提の代わりに埋葬され、歴史的に貴重な事から大平町指定文化財に指定されています。




境内には、「不断のかまど」「油坂」「根なしの藤」「馬首の井戸」「不開の雪隠」「東山一口拍子木」「枕返しの間」などの七不思議の話が伝わっています。


七不思議 油坂
油坂   ある学僧が夜間の勉学のために本堂の灯明の油を盗んでいたが、それがある時ばれそうになって逃げようとして誤って石段から転げ落ちて死んでしまった。それ以降、この石段を上り下りすると不吉なことが起こるとして、使用が禁じられた。





七不思議 枕返しの間
枕返しの間 本堂の一角にある座敷は、そこに泊まると翌朝には必ず頭と足の向きが逆さまになってしまうという。






七不思議 不断の竈
不断の竈 ある修行僧が疲れのために竈の中に入って寝ていたが、それを知らずに火をつけてしまい、修行僧は焼け死んでしまった。その後、夢枕にその修行僧が現れ「火さえついていればこんなことにはならなかった」と言ったため、それ以降は火を絶やさないようにした





七不思議 不開の雪隠
不開の雪隠  晃石太郎の後を追って奥方も大中寺に逃げ込んだが、夫の死を知ると、雪隠へ籠もってその場で自害した。それ以来、その雪隠には奥方の生首が現れると言われた。





七不思議 東山
東山の一口拍子木 大中寺の東にある山の方から拍子木の音が一回だけ鳴ると、寺に異変が起こると言われる。ただしその音は住職以外には聞こえないという。





七不思議 馬首の井戸
馬首の井戸  近隣の豪族・晃石(佐竹)太郎が戦に敗れて、大中寺に逃げ込んだ。しかし住職は匿うことを拒否したため、晃石は恨みに思って馬の首を切り落として井戸に投げ込み、自身も切腹して果てた。それ以来、その井戸を覗き込むと馬の首が浮かび出るとか、いななきが聞こえるとか言われるようになった。






七不思議 ねなしの藤
根無しの藤  庵妙慶禅師が鬼坊主の墓標として刺した杖が根付いた藤。 歴代住職の墓が並ぶ



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樋口山城守与六
Admin: 樋口山城守与六
関東を中心に、全国の城館をPhoto・PhotoMovieにて紹介します。近年(又は現在)の城館を紹介して行きます、以前は藪の中で在ったが現在は綺麗に整備された遺構を又は破壊、消滅された遺構も現在の在るままを紹介します,目に見える写真で城館を記録していきます又史跡、神社仏閣、自然を気ままに撮ります・・・・・・・・・・・・城巡り・カメラからのキャンプ覚醒!!
今年初キャンは・・・暴風雨(@_@)・・・翌月は雪(>_<)・・・雨((+_+))・・・そして今日梅雨明けの快晴(*ノωノ)!!
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