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古城巡り 写真館
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浮野の里 埼玉県加須市

2020/05/24
史跡 0
浮野の里案内図
浮野の里案内図




昔ながらの田園風景を残す『浮野の里』(うきやのさと)は、周辺には屋敷林や田堀、くぬぎ並木などの田園景観が保全され、平成7年度には全国「水の郷」百選に認定され、平成19年度には埼玉県から「緑のトラスト保全第10号地」に指定されています。
4月上中旬には、ノウルシが鮮やかな黄色に色付きます。ノウルシは、トウダイグサ科の多年草で、浮野の里には約1,000平方メートルの群生地があります。ノウルシは、絶滅の危険が増しているとして埼玉県から絶滅危惧2類に指定されている大変貴重な植物です。




浮野のふるさと路
浮野のふるさと路




浮野の里 散策小路
明治20年にできた「多門寺村誌」によると、天明年間の浅間山の噴火(1783年)により火山灰がこの地域に降り、川の底が浅くなったため洪水が多く発 生。洪水を防ぐために堤防を築いた。との記述が見られる。クヌギ、コナラは、土手の強化と当時不足がちの薪炭材として植樹したものと考えられる。




浮野の里 自生する葦
自生する葦




浮野の里 巡る田堀り
江戸時代以前にも、稲作は行われていたと思われるが、村松佐左衛門による川俣での会の川締切り工事をはじめ、利根川の東遷事業・用悪水路の整備により江戸中期・後期に新田開発が盛んに行われるようになった。
低湿地の当地区では、土を堀上して水田を開発した。その名残が田掘りと思われる。





浮野の里 田堀り 2





浮野の里 田堀り





今からおよそ2万年前、最終氷河期に東京湾の海水面が130mも下がり、東京湾の海水がなくなり広い海岸平野になった。 <br />そこに、陸を流れていた利根川、荒川、その東側を渡良瀬川、思川が流れるようになり、川の流れたところは峡谷、残された部分は台地として残った。 <br />加須もその頃は、大宮から館林につながる台地の上にあり、この台地も長い間には川によって浸食されて、丘あり谷ありの変化にとんだ地形となった。 <br />最終氷河期が終わり、再び気候が温暖化し、海水面も上昇し現在の海水面より1~2m高くなり、関東平野の奥くまで海水が浸入してきた。 <br />この時代にできた湾を「奥東京湾」と呼び、縄文時代の前期約5000年前で、その波打ち際が「浮野」の地下と考えられる。波によって削られできた岸、谷に海の堆積物が堆積した。 <br />さらに、弥生時代、古墳時代にかけて加須とその近辺が沈み始めた(関東造盆地運動)。 そこに、西側を流れていた利根川、荒川が侵入し、川の堆積物が体積して、現在に至っている。 <br />地下の古い地層から地下水が湧き出し、「浮野」に低温と湿り気を与えていると考えられる。





浮野の里 蓮華草






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樋口山城守与六
Admin: 樋口山城守与六
関東を中心に、全国の城館をPhoto・PhotoMovieにて紹介します。近年(又は現在)の城館を紹介して行きます、以前は藪の中で在ったが現在は綺麗に整備された遺構を又は破壊、消滅された遺構も現在の在るままを紹介します,目に見える写真で城館を記録していきます又史跡、神社仏閣、自然を気ままに撮ります・・・・・・・・・・・・城巡り・カメラからのキャンプ覚醒!!
今年初キャンは・・・暴風雨(@_@)・・・翌月は雪(>_<)・・・雨((+_+))・・・そして今日梅雨明けの快晴(*ノωノ)!!
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