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古城巡り 写真館
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太田道灌

2020/02/20
武将伝 0
太田道灌騎馬像 
太田道灌騎馬像 芳林寺

室町時代中期の武将。資清の子。幼名は鶴千代麿。源六郎と称し,持資,のち資長と改名。左衛門大夫,備中守,正五位下に任じ,入道して春苑道灌と号した。父資清は武蔵国都築郡太田郷に住み,扇谷上杉氏に仕えた。康正1 (1455) 年父の跡を継ぎ,のち上杉定正の執事となり,長禄1 (57) 年江戸城を築いて居城とした。文明8 (76) 年,山内上杉憲定の家臣長尾景春が乱を起すと,憲定,定正を助けてこれを平定し,主家の隆盛に貢献した。しかし,定正は,扇谷上杉氏の勢力伸長を快しとしなかった憲定や越後の上杉房定の讒言を真に受け,相模糟屋の館で道灌を暗殺した。法諡は大慈寺殿心円道灌居士。道灌は軍事に通じ,特に農兵を組織的に動かすこと (足軽軍法) にすぐれていた。また文学を好み,和歌にも長じていた。文明6年には江戸城で歌合せを,同 17年には江戸城静勝軒に定正を招き和歌会を,また同年,美濃の詩僧万里集九を江戸城に滞在させ詩歌会を開いていることから,その造詣の深さが偲ばれる。
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樋口山城守与六
Admin: 樋口山城守与六
関東を中心に、全国の城館をPhoto・PhotoMovieにて紹介します。近年(又は現在)の城館を紹介して行きます、以前は藪の中で在ったが現在は綺麗に整備された遺構を又は破壊、消滅された遺構も現在の在るままを紹介します,目に見える写真で城館を記録していきます又史跡、神社仏閣、自然を気ままに撮ります・・・・・・・・・・・・城巡り・カメラからのキャンプ覚醒!!
今年初キャンは・・・暴風雨(@_@)・・・翌月は雪(>_<)・・・雨((+_+))・・・そして今日梅雨明けの快晴(*ノωノ)!!
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