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古城巡り 写真館
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法泉寺 山形県米沢市

2020/02/18
神社仏閣 0
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米沢城下絵図(現地説明板より)



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景勝公と兼続公主従像(上杉神社)

 


法泉寺
法泉寺は、元和4年(1618)直江兼続によって創設された臨済宗の寺院で、初めは禅林寺という名前でした。兼続は足利学校で修業させた九山和尚を呼び寄せ、兼続や九山が集めた図書を備え、米沢藩士の子弟を教育するための学問所としました。
 それは禅林文庫と呼ばれ、ここに起こった学問の流れや蔵書は、藩校興譲館へと受け継がれ、現在この蔵書は市立米沢図書館などに伝わり貴重な文化財となっています。こうしたことから、法泉寺は米沢の文教の発祥地と呼ばれているのです。





景勝公供養碑
上杉景勝公供養碑




文珠堂
文珠堂 北側の庭園にある文殊堂です。禅林寺(現法泉寺)の絶山和尚が学問所「禅林文庫」の鎮守として、慶安元年(1648年)に創建したと伝えられていますが、寛政・大正と二度の火災にあったため、現在の文殊堂は昭和5年に再建されたものです。




直江兼続歌碑
直江兼続歌碑




石田三成供養塔
石田三成供養塔




聖堂
法泉寺庭園の東にある先聖殿です。先聖殿は、孔子を祀っていました。4代藩主上杉綱憲による創建と伝えられられています。当初は「感麟殿」の名でしたが、後に上杉鷹山公により「先聖殿」と改称され、藩校興譲館の正面に置かれました。その後移転を繰り返し、昭和に入り、法泉寺庭園内に移されました。




上杉家墓所
元禄3年(1690)に、二代藩主定勝の三女亀姫の法名(法泉院殿)をとり、禅林寺から法泉寺と寺名が変わりました。法泉寺にはこの亀姫の墓と共に、定勝の四女で、吉良上野介義央の奥方となった三姫(富子)の墓もあります。三姫の墓から白髪の髻が入った壺が見つかり、三姫が持っていた上野介の遺髪ともいわれ、「忠臣蔵」の隠れた史跡として最近注目されています。
(左手奥の宝居印塔)





庭園0
法泉寺の庭園は、米沢の三名園の一つで、九山和尚の時代に京都天竜寺の名園をまねて造り、享保年中に、画家としても知られる小田切寒松軒が補修したと伝えられています。歴代の藩主も好んで訪ね、鷹山も、明和7年(1770)8月15日に家臣120余名を連れ、詩会を開いています。大正の大火後に、立町から番正町まで新道が開かれたため庭園が南北に分断し、池の水も涸れましたが、苔に覆われた庭園は新たな趣きをみせてくれます。新道を作る際、堀立川には擬宝珠の付いた朱塗りの「文殊橋」が架けられ、当時は米沢の名所の一つに数えられていました。




庭園2




[山形県米沢市城西2丁目1−4]2012.11

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樋口山城守与六
Admin: 樋口山城守与六
関東を中心に、全国の城館をPhoto・PhotoMovieにて紹介します。近年(又は現在)の城館を紹介して行きます、以前は藪の中で在ったが現在は綺麗に整備された遺構を又は破壊、消滅された遺構も現在の在るままを紹介します,目に見える写真で城館を記録していきます又史跡、神社仏閣、自然を気ままに撮ります・・・・・・・・・・・・城巡り・カメラからのキャンプ覚醒!!
今年初キャンは・・・暴風雨(@_@)・・・翌月は雪(>_<)・・・雨((+_+))・・・そして今日梅雨明けの快晴(*ノωノ)!!
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