星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・PhotoMovieで見る 城館をどうぞ!! 館林城 総構 群馬県館林市 - 古城巡り 写真館
FC2ブログ

館林城 総構 群馬県館林市







築城については、江戸時代になって書かれたもののなかに、赤井照光によって築かれたとするものがあり、「狐の尾曳伝説」として知られているが、現在確認されている館林城について書かれた最古の古文書は、文明3年(1471年)に上杉軍が赤井文六、文三の居城である「立林(館林)城」を攻略したという記録である。
「狐の尾曳伝説」とは、赤井照光が子ぎつねを助けたところお稲荷様の化身の白きつねが現れ、尾を曳いて城の配置を教えてくれたというもの。






w_gall_top_map.jpg





越後の上杉氏や甲斐の武田氏、相模の北条氏による三つ巴の攻防のなかで長尾氏、北条氏などが館林城を支配するようになったが、天正18年(1590年)の徳川家康の関東入封に伴って、徳川四天王の一人榊原康政が10万石で城主となった。

江戸時代に入ると、館林は利根川を押さえる東北方面への要所として、また、徳川綱吉が五代将軍になってからは将軍を輩出した地として重視され、最後の城主秋元氏まで江戸幕府の重鎮を務めた七家の居城として栄えた。
かつては総構があり、本丸には三層の天守と二重櫓が一基、御厩曲輪(再築後の南曲輪)にも二基の二重櫓があり威容を誇っていたが、天和3年(1683年)に徳川徳松が急死すると廃藩となり廃城となった。
宝永4年(1707年)松平清武が入封すると館林城は規模を縮小して再築され、本丸に天守代用の二重櫓が、南曲輪と三ノ丸にも二重櫓が一基ずつ上げられた。






館林城城址碑
館林城城址碑




稲荷郭 尾曳神社
稲荷郭 尾曳神社




土橋門(復元)
土橋門(復元)




城下北西の土塁
城下北西の土塁




八幡郭 秋元氏別邸
八幡郭 秋元氏別邸





[群馬県館林市城町1−3]

大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(0)
コメント投稿
非公開コメント

最新記事 (サムネイル付)

城館リスト Aug 17, 2030
須影八幡神社 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019
長光寺 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019
源長寺 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019
葛浜氏館 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019

Category Bar Graph

アクセスランキング

カウンター

Comments+Trackback

Comments<>+-
Trackback <> + -

ブロとも申請フォーム

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード

QR

コンパクト月別アーカイブ

お気に入り