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古城巡り 写真館
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白川城改 福島県白河市

2019/03/18
福島県 0





完成 白川城 御本城山@ヤマシロ
㊟現地説明板を参考にしました♪(o・ω・)ノ))
白川城は、東北本線白河駅より東へ約3Kmの藤沢山にあり、通称「搦目(からめ)城」ともいわれている。阿武隈川と社川の支流である藤野川に挟まれた、標高約400m級の丘陵地を利用し築かれた、中世の山城である。史跡の面積366,597.43平方メートル。
文治5年(1189)源頼朝の奥州征伐に参加し,功名をたてた結城朝光は、その恩賞として白河庄の地頭職(じとうしき)を与えられた。その後、朝光の孫の祐広(すけひろ)が正応2年(1289)頃、下総結城より移住して、この白川城を本拠としたと伝えられている。
祐広の嫡子の宗広は、後醍醐天皇の命により新田義貞らと共に鎌倉幕府を倒し、建武の中興(1334)を実現させた。その後、南北朝時代には義良親王(のりながしんのう)・(後村上天皇)を奉じて、北畠顕家と共に、北朝方の足利尊氏と戦った奥州南朝派の中心人物である。
白川城の存在した時期については、明らかではないが、南北朝時代の文書にその名が見られることや、「山城」という城の形態から、築城年代は南北朝時代と考えられる。また、永正年間(1504~1520)には、白川結城氏の本城は小峰城に移ったものと推定される。
現在、白川城は御本城山と呼ばれる主郭、その北側藤沢山には二之郭、主郭の東側には鐘撞堂とされる平場がある。これらの郭の周囲には、幾段かの帯曲輪が構築されている。また、郭と郭の間には土塁や空堀などの遺構が確認されている。
なお、近年の踏査により指定区域の南西部の丘陵にも遺構の存在が明らかとなり、城域がさらに拡大するものと考えられる。






白川城 本丸入り口





本丸手前 堀切主郭手前の堀切





白川城 本丸白川城 主郭





藤沢山北部の巨大な土塁藤沢山北部の土塁





DSCF9079.jpg
結城宗廣公供養塔





[福島県白河市藤沢山7−6]

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樋口山城守与六
Admin: 樋口山城守与六
関東を中心に、全国の城館をPhoto・PhotoMovieにて紹介します。近年(又は現在)の城館を紹介して行きます、以前は藪の中で在ったが現在は綺麗に整備された遺構を又は破壊、消滅された遺構も現在の在るままを紹介します,目に見える写真で城館を記録していきます又史跡、神社仏閣、自然を気ままに撮ります・・・・・・・・・・・・城巡り・カメラからのキャンプ覚醒!!
今年初キャンは・・・暴風雨(@_@)・・・翌月は雪(>_<)・・・雨((+_+))・・・そして今日梅雨明けの快晴(*ノωノ)!!
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