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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Photo Movie で見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

結城御殿 埼玉県鴻巣市

勝願寺石碑
勝願寺





勝願寺山門
勝願寺山門




牧野氏墓所
牧野氏墓所 徳川家譜代家臣。武蔵国足立郡石戸を治めていた牧野康成は伊奈氏と同様に家康から当寺の檀那になるように命じられた。康成の跡を継いだ牧野信成は領地替えのため石戸から下総国関宿、信成の後を継いだ牧野親成は関宿から丹後国田辺へと移り住んだが、その後も檀那としての関係を維持し続け、歴代当主は当寺に埋葬された。牧野氏の墓所は仁王門の向かって右手にあり、門扉には丸に三つ柏の家紋が記されている
(震災直後にも来ましたが、まだ修復されていないように思えます)






勝願寺 本堂
勝願寺本堂  江戸期の勝願寺の寺勢を象徴するものとして、本堂を中心とした伽藍がある。これは家康の次男・結城秀康が慶長5年(1600年)9月の関ヶ原の戦いの論功行賞により下総国結城から越前国北の庄へ移封された際、家康の命により結城城の御殿、隅櫓、御台所、太鼓櫓、築地三筋塀、下馬札を移築したもので、さらに結城城下の華厳寺にあった鐘も移築された。これらの建物の移築は伊奈忠次が作事奉行として携わったと伝えられている。
御殿は百十四畳敷きの大方丈「金の間」、九十六畳敷きの小方丈「銀の間」に分けられ[、大方丈は将軍来訪の際に使用されたことから「御成の間」とも呼ばれた。また、「金の間」には家康の像が、「銀の間」には黒本尊と呼ばれる秀康の念持仏が置かれていた。




勝願寺本堂3





本堂裏の竹林は土塁?
本堂裏の竹林は土塁・・・手前からですが土塁に見えます!!




本堂と墓地の境 土塁か?
本堂と墓地の境 土塁か?





仙石 真田氏の墓
小松姫
本多忠勝の娘で、信濃国上田藩主・真田信之の妻。生前、当寺の住職・円誉不残に帰依していたことから一周忌の際に分骨された。

真田信重夫婦
真田信之の三男で、母と同様に鴻巣で没したため当寺に埋葬された。また、妻は鳥居忠政の六女であり、夫の死の翌年に没したため当寺に埋葬された。

仙石秀久
信濃国小諸藩主。慶長19年(1614年)、国元へ帰る途中、当地で亡くなった。一旦、国元の歓喜院(後の芳泉寺)に埋葬されたが、遺言により当寺に分骨された




伊奈氏墓2
伊奈氏墓所  関東郡代。伊奈氏は徳川家康から当寺の檀那になるように命じられており、墓所の西側には伊奈忠治夫妻および伊奈忠次夫妻の4基の宝篋印塔が建立されている

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