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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Photo Movie で見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

金丸氏館 山梨県南アルプス市

完成 金丸氏館@ヤマシロ
㊟イメ-ジ図になります(。>ω<。)ノ



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長盛院 本堂 近年新しくなったようです?



現在の長盛院の地に館を築いた金丸氏は代々武田家に仕える家柄であり、金丸虎義の次男である土屋昌続は、信玄病没後は家督を継いだ勝頼を支え武田二十四将に数えられる。『甲陽軍艦』によれば永禄4年(1561)の川中島の戦いでは、上杉軍の奇襲を受け動揺する武田軍の中で、昌続だけが動じずに本陣の信玄を守り続けたという。その功績から甲斐の名門「土屋」の名跡を継ぐことを信玄から許されたとも言われる。また虎義の五男である土屋惣蔵は片手千人斬りで有名である。



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低くなっているが、北側の土塁痕




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東側の土塁




『甲斐国志』には、南アルプス市徳永に位置する曹洞宗寺院長盛院境内が昌続の実家である金丸氏の「数代ノ居址ナリ」との記述がある。実際に長盛院は御勅使川扇状地扇端部の東側を釜無川が削りとった崖上に位置していて、館にふさわしい立地条件を備えている。さらに現在でも長盛院の西側には土塁と堀跡が残されていて、土塁の中央には虎口と推測される約3mほど土塁が途切れた部分も見られる。古書等によると本来土塁は北側、南側にもあったとされる。現在の長盛院は延宝5年(1677)(甲斐国志では延宝4年)、長盛院九代序法によって金丸氏館跡地に移転されたものである。




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西側の土塁、堀跡




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南から見た西側の土塁




[山梨県南アルプス市徳永1678]


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