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近年(又は現在)の城館を紹介して行きます。

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川浦陣屋(川浦代官所) 新潟県上越市

代官屋敷全景
稲荷社は陣屋の鎮守の為に天明8年2月竹垣三右衛門の願いにより建立




 川浦陣屋(代官所)は天領(将軍直轄の領地)として寛保2年(1742)4月創設され、明治元年(1868)年に廃陣となった。途中文政4年(1821)6月から天保2年(1831)10月迄約10年間脇野町三島郡)の代官支配となり川浦陣屋は取り潰された。初代代官萩原藤十郎より大草太郎左衛門に至る迄、36代に渡り116年間天領を支配した。代官は旗本がなり、天領の租税を徴収し、その支配内での軽い事件の裁判も行い、その仕事は勘定所、評定所で行った。創設当時は6万石、村数79ヶ村、里五十公野村では川浦、野村が天領の支配下に収められた。4年後の延享3年に代官所管内で争いが起こり3万石の支配下に縮小されてしまった。安政4年には8万3千石、寛政7年に7万石を支配した。稲荷社は陣屋の鎮守の為に天明8年2月竹垣三右衛門の願いにより建立。頚城郡では数多くの代官所が設け地理的に恵まれていたせいか、最後まで形が整っていたので有名である。
 広い陣屋敷・それを取巻く堀、御門はその当時の代官の威力のあった事を示している。また農民に重税を課した事も再々あったし、色々に争いも少なくなかった。捕らえられたものは裁判にかけられ、牢屋に入れられた。罪重きものは刑場で処刑された。この刑場は天領の刑場として知られる。
現地説明板より





川浦陣屋 石碑 説明板
川浦陣屋 石碑 説明板




川浦代官所 石碑
川浦代官所 石碑




川浦陣屋跡
川浦陣屋跡

   



川浦陣屋 構図
川浦陣屋 構図 現地説明板より(周辺ほぼ、住宅地となっている) 善功寺には移築現存の代官所門があります    2018.8.27





[新潟県上越市三和区番町1349]

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