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古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

宇津峰城(雲水峰城、星が城、星ヶ城) 福島県須賀川市

宇津峰城(雲水峰城、星が城、星ヶ城)








完成 宇津峰城@ヤマシロ
㊟イメ-ジ図になります



福島県中部の郡山市と須賀川市の境界にある宇津峰山(標高677m)にあった南北朝時代の山城。国指定史跡。宇津峰は郡山、須賀川両市のいたるところから眺めることができる阿武隈山系の独立峰で、ここに全山を城塞化した城があった。南北朝時代の初め、宇津峰は南朝方の田村宗季の領地だったが、1346年(貞和2/正平1)の北朝方の攻勢により宇津峰城は落城した。その後、南朝方は反撃に転じ多賀城(宮城県多賀城市)を奪還したが、1352年に北朝方は再び多賀城を占領。多賀城を拠点としていた南朝方の北畠顕信は守永親王(宇津峯宮、後醍醐天皇の孫)を奉じて多賀城を逃れて霊山城(伊達市)に移り、さらに霊山城も落城すると、宇津峰城に立て籠もった。宇津峰城は堅固な城塞であり、かつ田村一族の活躍もあって北朝方を容易に寄せ付けなかったが、1353年(文和2/正平8)に、ついに落城し、守永親王と北畠顕信は出羽、さらには陸奥北部へと逃れて、東北地方の南朝と北朝の戦いは事実上終結した。現在、山頂には「雲水峰城址」の石碑が建っている。ここは宇津峰城二の丸の長平城があった場所で、その東端には当時の空堀の一部が残っている。そこからほど近い場所にある千人溜(せんにんだまり)は本丸の星ヶ城があった場所で現在は宇津峰神社の境内。土塁に囲まれた18~20m四方の曲輪(くるわ)跡が残っており、守永親王や南朝の後村上天皇、後亀山天皇を祀る石祠などがある




_DSC3571御清水の郭
【御井戸の清水】



_DSC3636宇津峰からの展望
宇津峰からの展望




_DSC3584宇津峰城址碑
雲水峰城址碑




_DSC3639千人溜
千人溜 ㊟北側はマムシ大量発生の為通行不可




マムシ注意 宇津峰城




_DSC3637宇津峰
宇津峰の碑




_DSC3600堀切kai
長平城 南斜面の堀切





[福島県郡山市田村町谷田川樋ノ口158]

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