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古城巡り 写真館
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中山城 長野県上田市

2018/04/01
長野県 0
中山城








石川と小沢根川に挟まれた東西に長い小沢根の山尾根の先端部に位置する。
城主は大井氏の大井大和守で、平時の武石城に対し、戦時の山城として用いられたと考えられる。かつて城址より鉄製の刀柄・鍬などが発掘されたという(大正十一年『小県郡誌』)。
近くの長窪城が大井氏の依田窪南部地区防衛の拠点として築かれたものと考えられ、それと同様にこの城も築かれ、武石川の谷筋や茂沢川などの川筋を通る府中との交通路を抑える城砦として重視されたとみられる。
遺構、実に素晴らしく、22m×12mの主郭は高い土塁で囲まれ、かつこの土塁は河石が積まれ強化されている。基本的には単郭だが、帯郭が巻き、大手は中堀切一条の下に小規模な堀切が連続している。また主郭背後は大きな比高を持たせ、二重の堀切が登坂を困難にしている。主郭の石積みは、近く丸子城と異なる形状で、一部河原の丸石を使用している原始的なものから、最終改修は真田氏以前と考えられる。





子檀嶺神社
麓入り口の子檀嶺神社
社伝によれば、奈良時代初期の和銅5年(712年)、山城国紀伊郡稲荷山を勧請して創立。御祭神は宇賀御魂命。
平安時代初期の大同元年(806年)、諏訪社(健御名方命・八坂刀売命)を合祀した。往古から三神を併せて子檀嶺神社嶽石宮大神と称した。
寛治元年(1087年)、源義光が本殿を再建し、元暦元年(1184年)には当郷の豪族である武石三郎平胤が本殿と拝殿を修理した。






中山城 主郭
中山城 主郭





南側に残る石積
南側に残る石積





主郭 西側の二重堀切
主郭 西側の二重堀切





中山城 遠景
中山城 遠景





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樋口山城守与六完成 中山城@
㊟イメ-ジ図になります
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樋口山城守与六
Admin: 樋口山城守与六
関東を中心に、全国の城館をPhoto・PhotoMovieにて紹介します。近年(又は現在)の城館を紹介して行きます、以前は藪の中で在ったが現在は綺麗に整備された遺構を又は破壊、消滅された遺構も現在の在るままを紹介します,目に見える写真で城館を記録していきます又史跡、神社仏閣、自然を気ままに撮ります・・・・・・・・・・・・城巡り・カメラからのキャンプ覚醒!!
今年初キャンは・・・暴風雨(@_@)・・・翌月は雪(>_<)・・・雨((+_+))・・・そして今日梅雨明けの快晴(*ノωノ)!!
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