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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Photo Movie で見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

土手和田砦 静岡県伊豆の国市

韮山城 砦遺構
韮山城 砦遺構 伊豆の国市HPより




本城からはおおよそ南方向、天ヶ岳遺構群からは南西に続く尾根の先端に位置する。最高所を主郭 とし、北にむけて階段状に小さな郭を連ねて、通路を北側山麓に下ろしている。主郭の南側から東側に かけて横 よこぼり 堀(横堀1)をめぐらし、横堀の東側先端からは竪堀(竪堀5)が下る。おそらくは、この竪 堀の上に木橋が架かり、土手和田遺構群内部と外部を接続していたと推定される。なお横堀より南側は 階段状に郭が設けられるが、改変が予想される。現状は尾根東側に通路が付けられているが、観察の範 囲では尾根西側の通路が当初の道と予想された。 土手和田遺構群の横堀は、内部には障壁や段差が設けられている。韮山城全体では山地部分に横堀 が少ない。この横堀の存在が重視され、土手和田遺構群の構築年代が新しいと予想されたと思われる 。しかし、横堀内の岩盤を削り込んだ障壁の存在に注目するならば、問題は石 いしく 工(=金 かなほり 堀)の投 入の有無という点に集約されるであろう。つまり普請にともなう職人集団の差異を考えることである。 横堀にこだわらず他の遮断の堀切まで視野を広げると、同じ技法の導入が見られる。このことを踏まえ れば、堀切および横堀ともに石工集団は投入されており、他の岩盤を掘削した天ヶ岳遺構群及び後述す る江川遺構群の堀切と土手和田遺構群の横堀との年代差は、さほどないと考えたほうがよいだろう 。 土手和田遺構群の東側には、尾根の鞍部があり、その先は尾根の角度が急となり、階段状に小郭が 普請された後に、天ヶ岳遺構群との境界となる遮断の堀切(堀切12)となる。なお、この遮断の堀切は、 状況に応じて、相互のための遮断の効果を有したと考えられる。





土手和田砦入り口
土手和田砦入り口




土手和田の水神宮
土手和田の水神宮




土手和田の横堀の畝①
土手和田の横堀1




土手和田の横堀②
土手和田の横堀1




土手和田の主郭
土手和田の主郭




土手和田の北側の郭
土手和田の北側の郭・・・・以前は藪でした




土手和田 北側の出口
土手和田 北側の出口




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