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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Photo Movie で見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

江戸城見附 東京都

江戸城見附&史跡巡り











外濠(そとぼり)とは、かつての江戸城の堀のうちの外側のものの総称である。かつては水路で江戸城を取り囲み、また内濠や東京湾(江戸湾)ともつながっていた。現在は、外濠にほぼ沿う形で外堀通りが通っている。






外濠 牛込見附付近
牛込濠




筋違見附
筋違見附
秋葉原の万世橋付近に「筋違見附」があったと言われています。2006年まで万世橋のたもとには交通博物館がありました




牛込見附跡
牛込門(牛込見附)
JR飯田橋駅西口近傍に2基の石組みが保存されており、江戸三十六見附の中でも最もよく往時の形を遺しているもののひとつ。また、人目につきにくい場所ではあるが、牛込橋のたもとにあたる部分にも石組みが遺されている。




真田濠(四谷濠)
四谷濠(真田濠)
この部分はもともと台地であり、東西に延びる分水嶺の南北を繋げる形で開削して作られた人工の地形である。戦災の瓦礫により埋め立てられ[2]、現在は南半が上智大学のグラウンド、北半はJRおよび東京メトロ丸ノ内線・四ッ谷駅の敷地になっている




赤坂見附跡
赤坂見附
見附とは主に城の外郭に位置し、外敵の侵攻、侵入を発見するために設けられた警備のための城門のことで、江戸城には外濠および内濠に沿って36の見附があったとされている。赤坂見附はそのうちのひとつで、他に現在に名を残すものとしては四谷見附(四谷)、市谷見附(市ヶ谷)などがある。

赤坂見附は枡形門の形式で、これは江戸城の田安門、清水門などと同じである。現在の赤坂見附址にはこの城門は存在しない。現在見られる赤坂見附の遺構は、紀尾井町の国道246号沿いに残る石垣である





浅草見附跡
浅草見附
この浅草見附」は奥州街道、日光街道が通り、浅草観音への参拝者の通り道に当たることから、「浅草御門」と呼ばれ、警護の役人を多数配置していたことから「浅草見附」と呼ばれたと言われています。明暦3年(1657年)に発生した明暦の大火の際に、浅草門警備の役人が囚人の逃走を防ぐため、この門を閉ざしました。そのために、江戸市民の避難路が断たれ、多くの焼死者と溺死者を出してしまったと言う悲しい歴史もあります。




弁慶濠
弁慶濠
ほぼ往時の形のまま現存している。傍らを首都高速新宿線が走る。濠の名は明治期に架けられた弁慶橋から命名されたもの







江戸見附三十六

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