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古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

百地丹波城 三重県伊賀市

百地丹波城









伊賀三大上忍の一人とされる百地丹波守の砦跡で、近くに菩提寺である青雲禅寺があります。また、百地伝説にまつわる式部塚があり、縁切り祈願のお参りが今もあります。


百地氏は伊賀流の忍者、百地丹波守が有名ですが、史実としてはほとんどわかっていません。
しかし、天文十三年(1544)の史料に「喰代百地殿」と見えることから、戦国時代には北伊賀地域の有力な土豪うとして知られていたようです。
百地氏城跡に代表される土塁や堀ほりで防御施設を設けた中世城館跡は、市内に二百五十ヶ所余りあります。
その中でも喰代・蓮池地区は、中世城館跡が数多く分布する地域で、周辺には安場氏館跡や奥氏城跡・上山氏館跡など十四ヶ所の中世城館跡が確認されています。
この城跡は丘陵の尾根を利用してつくられたもので、最も山よりの郭から現在の青雲寺まで含めると、長さ 250m 、幅は最も広い所で 60m で、市内でも有数の規模となります。
城跡の構造は、尾根を削平して作った郭を連ねたように配置したもので、四つの郭(左図郭A-D)が段々に形成されています。
この中で郭くるわCは 70×40m と最も大きく、四方に土塁を築いているほか、南側に自然地形を利用した堀、東側には堀切があります。
周囲に郭くるわCを防御するための郭を設けたり、進入路屈曲させるなど防御の工夫を凝らしていることから、百地氏城跡の中心部分(主郭)と考えられます。
主郭しゅかくを巡る土塁は北側・西側・東側の土塁の外側は崩れが著しく、工事により保護されていますが、内側はよく残り、当時の様子をうかがうことができます。
南側の土塁は一部がなく、また他の土塁どるいと比べて低いことから当時は塀があったのかもしれません。
東側の土塁どるいは主郭の中で最も高く、土塁どるいの上が広くなっていることから、かつては見張り台のようなものがあったと考えられます。
また主郭郭内には幅 1m 余りの溝があります。これは、当時郭内を区画した痕跡と考えられます。





改百地丹波城@ヤマシロ完成
㊟現地説明板を参考にしたイメ-ジ図です(-ω-)/





百地丹波 郭3 青雲寺
百地丹波 郭3 青雲寺 百地氏菩提寺






百地丹波 郭2
百地丹波 郭2





百地丹波 主郭堀切
百地丹波 主郭堀切




百地丹波 南虎口
百地丹波 南虎口





百地丹波城 説明板
百地丹波城 主郭 説明板






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