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ようこそ!!古城巡り写真館へ(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・城館及キャンプPhotをどうぞ!!

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古城巡り写真館へ、ようこそ!!
北関東を中心に、城館をPhotoMovieにて紹介します
近年(又は現在)の城館を紹介して行きます・・・・・そしてキャンプ覚醒へ!!

古城巡り 写真館

大道寺政繁供養塔 常楽寺

大道寺氏は平氏とも藤原氏とも言われるが、代々末裔では「平朝臣」を名乗っている。大道寺氏は後北条氏家中では「御由緒家」と呼ばれる家柄で、代々北条氏の宿老的役割を務め、主に河越城を支配していた。政繁は北条氏康・氏政・氏直の3代に仕えた。諱(名の政繁)の「政」の字は氏政の偏諱を賜ったものだとも言われている(政繁の息子たちも氏直から1字を賜っている)。内政手腕に優れ、河越城代を務めていた頃は城下の治水をは...

川越氷川神社の風鈴 2020

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常楽寺 埼玉県川越市 2020.8.30

常楽寺山門 ここは、河越氏館跡だが、後に北条氏により改修され使用されている平安時代末期から南北朝時代にかけて、武蔵国で最大勢力の豪族であった河越氏が拠点としていた河越館の跡地の一角にある。常楽寺は河越氏の持仏堂が基となって発展したものとされる。応安元年(1368年)の武蔵平一揆で河越氏が滅んだあと、長享の乱の際には扇谷上杉家の河越城を攻略するため、山内上杉家の上杉顕定がここに上戸陣を置いた。後北条氏が...

風鈴 川越氷川神社 2020.8.30

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回廊 川越氷川神社 2020.8.30

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河越氏館 埼玉県川越市

川越氏館 Google河越館跡は、平安時代から南北朝時代まで武蔵国の中で有数の勢力を誇った武士・河越氏の居館跡です。河越重頼の娘が源義経の正妻になったことからも、中世武家政権を支えた河越氏の勢力が伝わります。しかし、室町時代の1367(貞治6)年に、鎌倉公方足利基氏が死去すると、河越直重を中心とする平一揆と関東地方を統治する政庁である鎌倉府と対立。ついには、1368(応安元)年に「武蔵平一揆の乱」が起り...

善昌寺城 群馬県桐生市

善昌寺城 Googleこの周辺の中心城郭であり、谷津館、中塚城、北山館などはすべて、善昌寺城の支城に当たるといわれている。確かにこの2つの城館を結んだ三角形の中心部に位置している。善昌寺は新田義貞の執事であった船田善昌が開基した寺院であるという。善昌寺 参道の両サイドに削平地が残る善昌寺 本堂が際も広い郭か?人気ブログランキング...

お地蔵様たちの宴 宝徳寺 群馬県桐生市

寶徳寺の境内に並ぶ、小さなお地蔵様たちの宴!!人気ブログランキング...

ふうりん祈願 宝徳寺 群馬県桐生市

2020夏 宝徳寺の風鈴古来日本人は音を鳴らして神仏に祈りを捧げてきました。仏壇では鈴(りん)を、年末には除夜の鐘を、神には鈴を鳴らして、 宝徳寺では夏の風物詩である風鈴で涼を感じながら、お地蔵さんとあまびえに願いを 伝えたいと思います。ぜひ風鈴のトンネルを歩いてみてください。宝徳寺hより大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )人気ブログランキング...

新田義貞首塚 善昌寺 群馬県桐生市

善昌寺はもともと大同寺と称していました。永仁2年(1294年)に記された応仁記によれば、大同元年(806年)、伝教大師最澄(天台宗開祖)が上野(こうずけ)へ下向(注:都から地方へ行くこと)した際、弟子の宥海(ゆうかい)によって創建され、大同寺と称したと記されています。ちなみに山上多重塔は延暦20年(801年)建立です。赤城南麓では最も古く創建されたお寺です。善昌寺 本堂新田義貞は、鎌倉幕府倒幕の立役者として有...