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ようこそ!!古城巡り写真館へ(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・城館及キャンプ・・・花手水も熱い!!Photをどうぞ!!

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古城巡り写真館へ、ようこそ!!
北関東を中心に、城館をPhotoMovieにて紹介します
近年(又は現在)の城館を紹介して行きます・・・・・そしてキャンプ覚醒へ!!

古城巡り 写真館

新潟県上越市城館 ダイジェスト2018.8.27

新潟県上越市城館 ダイジェスト春日山城 2018.8.26川浦陣屋(川浦代官所) 2018.8.27錦の陣屋(錦山要害) 2018.8.27大間城 2018.8.27直峰城 2018.8.27柿崎城 2018.8.27...

春日山城 新潟県上越市 201808

2018年8月26日 謙信公祭当日の春日山城です、主要郭のみの散策になります。春日山城 2018...

芋島の館 新潟県上越市

この石碑には「柿崎和泉守景家公城址関係」と刻まれている芋島館は、築城者は定かでないが室町時代に築かれた。 戦国時代にはこの地を柿崎氏が領していことから、城主は柿崎氏かその一族・家臣と推定される。「柿崎氏の菩提寺楞厳寺付近の小字堀の内に築かれていて、東西200m×南北100mの規模があった」とされる。寺の背後の経ケ峰に要害を持ち、その西には米山寺城がある。楞厳寺は柿崎氏の菩提所で境内の山門は柿崎城の...

虫川城 新潟県上越市

白山神社の向いの道を進むと、虫川霊園が有ります・・・・右に折れ進むと登城口!!虫川城虫川城は山全体を巧みに利用した山城で、戦国末期の縄張りを残す貴重な遺跡です。本丸跡は長さ35m、幅約20~30mの平地にあり、これらを包むように幾団もの郭が階段状に構築されています。直峰城主風間信濃守信昭の家老杢田主繕の居城と言われています、「頸城郡絵図」から直峰城の北嶺にある虫川城は、交通の要衝を抑える役割を担っていたも...

直峰城 新潟県上越市

樹齢800年の大ケヤキ直江兼続公の実父(樋口惣右衛門兼豊)が城主 上杉謙信公の関東遠征の重要拠点 直峰城は、築城時期は不明ですが、南北朝時代(1335年~1392年)、南朝方の雄将風間信濃守信昭公(かざましなののかみのぶあきこう)の居城でした。中世の典型的な山城で、標高344m、自然の地形を巧みに利用して作られた堅固なものです。 上杉謙信公の時代には、春日山城から関東へ抜ける要衡であり、謙信公は関東遠征の際、1泊...

柿崎城 新潟県上越市

木崎山(標高25m)に築かれた城跡。築城時期は不明ですが城主は在地勢力の柿崎氏といわれています。戦国時代になると柿崎氏は長尾氏(上杉氏)の重臣として活躍します。現在、城跡は北陸自動車道・柿崎インターチェンジの料金所と国道8号を結ぶループ状の道路に囲まれており、主な遺構は残されておりませんが、この城の搦手門を移築したものと伝わる山門が、柿崎氏の菩提寺である楞厳寺(柿崎区芋島)にあります。ここを、道なり...

柿崎景家 楞厳寺:菩提寺 新潟県上越市

楞厳寺 柿崎景家:菩提寺上杉謙信麾下筆頭の猛将で中頸城郡柿崎城・猿毛城主。和泉守を称し奉行職を務めた。永禄四年の川中島の合戦の際には先鋒騎馬大将を務め奮戦。北条氏康との越相同盟締結時には子の晴家を人質として小田原に送った。後に馬の売買に絡んで信長内通の濡れ衣を着せられ、越後水島の地で切腹。没年は天正二(1574)年説もある。 新潟県柿崎町の楞巌寺(柿崎景家菩提寺)にある景家の墓で、法名は「大乗院殿籌山...

2018年 第九十三回 謙信公祭 

謙信公祭は、昭和戦前期から戦中、戦後と激動の時代において一度も中断されることなく、上越の人びとの手によって毎年開催されてきました。 はじめての謙信公祭は、1926年(大正15年)9月13日、当時の高田市・直江津市・春日村(いずれも現上越市)の各青年団の主催により、春日山神社で開催されました。当日は、春日山神社で祭典を行い、名士の講演、相撲、剣舞などが催されました。 謙信公祭の創設には、当時の高田市長、川合...

大間城 新潟県上越市

大間城遠景この地方の豪族の要塞として築かれたものといわれています。この城の特徴は大規模な築城ではなく、小さな尾根や沢が入り組んだ複雑な地形を利用して築かれたことです。山城の特色をよく残していて、上越地方ではあまり見られない本丸の「囲郭土塁」や時代の特色をよく表した壮大な空掘・土塁などが見られます。頸城平野が一望でき、三国街道沿いにあることから、戦国時代には春日山城の支城として重要な役割を果たしてい...

雲洞庵 新潟県南魚沼市

赤門 1429年(永享元年)関東管領家より10万石の格式をいただき建立されました。昔より、皇室関係者や大名の来山以外は、年に一度の大般若会の時だけにしか開門されず、「開かずの門」と云われてまいりました。当寺の縁起や『日本洞上聯燈録』によれば、藤原房前の母である藤原先妣尼が庵を結び開祖とする伝承を持つ。また、養老元年(701年)房前が母の菩提を弔うため、尼寺を創建した。室町時代に至り直江津を本拠としていた関...

川浦陣屋(川浦代官所) 新潟県上越市

稲荷社は陣屋の鎮守の為に天明8年2月竹垣三右衛門の願いにより建立 川浦陣屋(代官所)は天領(将軍直轄の領地)として寛保2年(1742)4月創設され、明治元年(1868)年に廃陣となった。途中文政4年(1821)6月から天保2年(1831)10月迄約10年間脇野町三島郡)の代官支配となり川浦陣屋は取り潰された。初代代官萩原藤十郎より大草太郎左衛門に至る迄、36代に渡り116年間天領を支配した。代官は旗本がなり、天領の租税を徴収し、...

錦の陣屋(錦山要害) 新潟県上越市

戦国時代春日山城より高田平野を通り最初の山道にかかる所が錦山で戦国街道(三国街道)が近くを通っていて今もその道跡が残っている。そこには錦山の砦が作られ春日山城と連絡をとっていた。この街道の近い所として食料基地として米の貯蔵も兼ねた陣屋が在った所といわれる。*現地説明板より錦の陣屋 入り口錦の陣屋 説明板 説明板の奥が土塁旧三国街道陣屋の奥を通る...