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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Photo Movie で見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

本立寺付城 静岡県伊豆の国市

完成本立寺付城@ヤマシロ
㊟イメ-ジ図になります。

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韮山城及び本立寺付城 静岡県伊豆の国市

韮山城及び本立寺付城

*ダイジェスト版になります








韮山城 江川砦
韮山城 江川砦 伊豆の国市HPより





韮山城 砦遺構
韮山城 砦遺構 伊豆の国市HPより




完成本立寺付城@ヤマシロ
本立寺付城 ㊟イメ-ジ図になります

登城記録2018年

完了 2018年登城推移


赤字は新規登城、黒字は再登城です。


2018年 登城記録
月日 新規 住所 城館名
1月14日 1 1 東京都 江戸城 見附        
1月28日 8   栃木県大田原市 矢組館 川田館 青木要害 岩谷要害 八幡館 尻高田要害
        亀山城 金丸要害        
2月4日   12 埼玉県加須市 館山 阿良川氏館 道智氏館 戸崎城 多賀谷氏館 明願時氏館
        騎西城 鐘撞山 門井館 多賀谷氏館 礼羽氏館 設楽陣屋
  4     割目堀之内 川口氏館 高柳氏館 久下塚氏館    
2月11日 5 1 栃木県大田原市 稲沢館 高館城 佐久山館 白旗城 福原要害 千手院裏山城
2月20日   2 埼玉県 高坂館 野本氏館        
2月25日   3 埼玉県寄居町 花園城 鉢形城 天神山城      
3月12日 5   栃木県宇都宮市 徳次郎城 峰城 右岡城 西山城 冬室城  
3月18日 1 1 埼玉県本庄市 雉岡城 戸田氏陣屋        
3月25日   1 静岡県沼津市 興国寺城          
    6 静岡県伊豆の国市 江川邸 韮山城 天ヶ岳砦 江川砦 土手和田砦 本立寺付城
4月1日 4   長野県上田市 中山城 鳥屋城 根羽城 丸子城    
4月9日     栃木県日光市 寅巳城 猪倉城 岩崎城      
4月16日 9   栃木県那須烏山市 上川井館 入江野城 堀之内館 下川井城 小志鳥砦 月次館
        森田城 放下僧館 森田陣屋      
4月22日 1 3 新潟県村上市 村上城 平林城 加護山要害 大葉沢城    
  1   新潟県胎内市 江上館          
4月29日     神奈川県鎌倉市 足利公方邸 扇谷上杉邸 太田道灌邸 土佐坊昌俊邸 上杉朝宗邸 大江広元邸
  16     若宮大路幕府 大蔵御所 千葉氏屋敷 北条時房邸 畠山重保邸 比企能員邸
        畠山重忠邸 北条執権邸 源義朝屋敷 杉本城    
5月5日 3 1 茨城県筑西市 関本館 関本小詰城 井上城 江村館    
    1 茨城県下妻市 駒城          
5月6日 1 1 埼玉県 杉山城 越畑城        
5月14日 4   栃木県那須烏山市 新知館 根古屋城 大木須城 滝田館    
    1   烏山城          
5月20日 6   栃木県佐野市 大綱山城 諏訪山砦 小倉城 大貫氏館 屋形山城 アド山城
    1   豊代館 黒袴藤岡城 鐙塚阿曽沼城      
5月27日 1   宮城県美里町 彫堂七館          
    2 宮城県大崎市 桑折城 千石城        
  2     鶴丸城 姫松館        
6月3日 4   栃木県佐野市 田沼城 鳥居戸城 長谷場城 蓬山城    
6月10日   1 福島県三春町 三春城          
  7   福島県田村市 船引城 常盤城 大越城      
      福島県須賀川市 宇津峰城 木舟城 愛宕山城 保土原館    
6月17日 14   山梨県北杜市 教来石屋敷 鳥原屋敷 笹尾塁 曲淵氏屋敷 馬場屋敷 中山砦
        実相寺館 谷戸城 深草館 若神子城 獅子吼城 一条氏屋敷
        横手氏屋敷 柳沢屋敷        
7月9日 11   埼玉県越生町 平将門内裏 黒岩氏館 岡崎氏館 越生氏館 高取城 田代館
        大築城 三枝庵 代官屋敷 児玉氏館 自徳軒  
7月15日 2   群馬県太田市 寺尾城 中溝深町遺跡        
7月17日   11 栃木県佐野市 鰻山城 正光寺城 須花城 大門館 横小路城 赤見城
        堀之内城 植野城 清水城 小見城 小中城  
7月22日 1   栃木県栃木市 小南城          
  11   栃木県佐野市 松本丹波守館 椿田城 高橋城 羽田城 免鳥城 御所の入館
        堀米陣屋 佐野城 阿曽沼城 岩崎城 堀米城  
7月23日 2   栃木県栃木市 富田城 須藤城        
8月15日 1   埼玉県加須市 常泉代官屋敷          
8月26日   1 新潟県上越市 春日山城          
8月27日 7   新潟県上越市 川浦代官所 錦の陣屋 大間城 虫川城 直峰城 柿崎城
        芋島館          
9月16日   1 群馬県桐生市 彦部家住宅          
9月16日   1 栃木県田沼市 唐沢山城          
9月18日   2 群馬県太田市 金山城          
      茨城県坂東市 逆井城          
9月22日   1 栃木県宇都宮市 犬飼城          
9月23日   1 埼玉県羽生市 羽生城          
10月7日   1 埼玉県伊那市 伊奈氏屋敷          
10月22日 5   栃木県日光市 板橋城 板橋陣屋 愛宕山城 八方館 小倉城  
10月28日 5 1 愛知県新城市 新城城 来迎松城 設楽氏館 川路城 小川路城 長篠城
10月28日 9   愛知県新城市 医王山本陣 信長本陣 茶臼山本陣 信雄本陣 信忠本陣 家康本陣
        天神陣所 信康本陣 丸山      
11月12日 6   三重県 三瀬砦 三瀬館 北畠氏館 松阪城 津城 田丸城
11月25日 2    長野県高森町  松岡古城  松岡城         
  1  2  長野県飯田市 南本城  鈴岡城 松岡城       
12月9日  2    山梨県南アルプス市  金丸氏館  加賀美氏館         
  2    山梨県笛吹市  武田信重館  武田信成館         
  2     山梨県甲府市 下曽根氏館  勝山城         
 12月29日 7   茨城県常陸大宮市  小場城  下岩瀬館  上岩瀬館  前小屋城  宇留野城   
        部垂城  東野城  (城山)  (館山)     
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
                   
合計 171 62 233            

本立寺付城 静岡県伊豆の国市

本立寺付城









遺構は戦国時代後半の攻城戦に構えられた付城の構造を よく伝えている。本立寺付城跡は、本立寺背後の七 しちめんさん 面山に構えられた付城で、その基本構造は土 どるい 塁によ って遮断線としている。七面山の南から西に向かう尾根筋と、北西に向かう尾根筋に「コ」の字状に土 塁は構えられており、その全長は約500mにおよんでいる。本立寺から続く尾根筋では標高95m付近 で尾根を切断する堀 ほりきり 切を設けて、そこより高所に土塁を構えるという明確な城域を設定している。また、 尾根上の頂部には土塁の塁線だけではなく、土塁囲いの曲 くるわ 輪を伴う小規模な城郭を設けている。「小田 原陣之時韮山城仕寄陣取図」に記された位置関係から、この本立寺付城跡は「はちすか陣取」にあたり、 蜂 はちすかいえまさ 須賀家政の陣と考えられる






本立寺付城遠景
本立寺付城遠景




本立寺付城 主郭
本立寺付城 主郭




本立寺付城 縦土塁
本立寺付城 縦土塁




本立寺付城 井戸跡
本立寺付城 井戸跡




浄念寺の桜
麓浄念寺の桜




完成本立寺付城@ヤマシロ
㊟イメ-ジ図になります(・Д・)ノ






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土手和田砦 静岡県伊豆の国市

韮山城 砦遺構
韮山城 砦遺構 伊豆の国市HPより




本城からはおおよそ南方向、天ヶ岳遺構群からは南西に続く尾根の先端に位置する。最高所を主郭 とし、北にむけて階段状に小さな郭を連ねて、通路を北側山麓に下ろしている。主郭の南側から東側に かけて横 よこぼり 堀(横堀1)をめぐらし、横堀の東側先端からは竪堀(竪堀5)が下る。おそらくは、この竪 堀の上に木橋が架かり、土手和田遺構群内部と外部を接続していたと推定される。なお横堀より南側は 階段状に郭が設けられるが、改変が予想される。現状は尾根東側に通路が付けられているが、観察の範 囲では尾根西側の通路が当初の道と予想された。 土手和田遺構群の横堀は、内部には障壁や段差が設けられている。韮山城全体では山地部分に横堀 が少ない。この横堀の存在が重視され、土手和田遺構群の構築年代が新しいと予想されたと思われる 。しかし、横堀内の岩盤を削り込んだ障壁の存在に注目するならば、問題は石 いしく 工(=金 かなほり 堀)の投 入の有無という点に集約されるであろう。つまり普請にともなう職人集団の差異を考えることである。 横堀にこだわらず他の遮断の堀切まで視野を広げると、同じ技法の導入が見られる。このことを踏まえ れば、堀切および横堀ともに石工集団は投入されており、他の岩盤を掘削した天ヶ岳遺構群及び後述す る江川遺構群の堀切と土手和田遺構群の横堀との年代差は、さほどないと考えたほうがよいだろう 。 土手和田遺構群の東側には、尾根の鞍部があり、その先は尾根の角度が急となり、階段状に小郭が 普請された後に、天ヶ岳遺構群との境界となる遮断の堀切(堀切12)となる。なお、この遮断の堀切は、 状況に応じて、相互のための遮断の効果を有したと考えられる。





土手和田砦入り口
土手和田砦入り口




土手和田の水神宮
土手和田の水神宮




土手和田の横堀の畝①
土手和田の横堀1




土手和田の横堀②
土手和田の横堀1




土手和田の主郭
土手和田の主郭




土手和田の北側の郭
土手和田の北側の郭・・・・以前は藪でした




土手和田 北側の出口
土手和田 北側の出口




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江川砦  静岡県伊豆の国市

江川邸後方が江川砦
江川邸後方が江川砦



江川邸背後の尾根に展開する遺構。神社が建つ最高所を主郭とし、北に向けて地形に則した郭が連 なる。主郭の南には遮断の堀切(堀切17)が普請される。西側の城池方面には屈曲しながら竪堀(竪 堀6)が降る。反対の東側は直接に城外と接するためであろうか、竪堀は普請せず、切ったままの開放状態になっている。さらに東側下には階段状の区画が見られる。後の改変の可能性もあり、当初の斜面 処理がいかなる様相であったかが、気になるところである。 主郭の神社の背後には、堀切に沿って土塁が普請され、コの字状に囲い込んだ空間がある。堀切か らは土塁壁面にそって、通路が見られる。 江川遺構群の北端には、おおよそ正方形の広い郭がある。この郭の南側には開口部が見られ、郭の 壁面で横矢がかる構造になっている。城池側に開いた虎口(虎口4)と観察された。 また東側山麓には現在も江川邸が建つが、この範囲も韮山城の城域であったとみられ、江川邸庭園 の池には韮山城外周の水堀が転用されている。池の南側は、水堀の折れ曲がる地点および斜面への擦り 付けの部分など、当初の様相をよく残している。なお、この堀の最終部分と並行して、斜面中腹には南 北方向の横堀(横堀2)が普請されている。この横堀の両端に竪堀(竪堀7・8)が接続する





江川砦 堀切16畝堀
江川砦 堀切16畝堀




江川砦 堀切17
江川砦 堀切17




江川砦 主郭奥に江川氏の守護神
江川砦 主郭奥に江川氏の守護神




韮山砦 守護神




江川砦 左側が櫓台
江川砦 左側が櫓台




江川砦 城池側に出る
江川砦 城池側に出る




韮山城 江川砦
韮山城 江川砦 伊豆の国市HPより





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韮山城 天ヶ岳砦(遺構) 静岡県伊豆の国市

韮山城 天ヶ岳砦(遺構









本城の南方に標高128.7mの山がある。全体に細尾根で切り立った山で、北東・南東・南西・北西 の四方に尾根を延ばしている。この山頂を中心にして四方の尾根に堀切を施す構造で、天ヶ岳遺構群は 成り立っている。 山頂には地形に即して南北に細長い主郭を設定する。中心部分には東側を除く三方に土塁をめぐら して小区画を設ける。北側は東寄りに通路を開く。北側土塁の外側には南西尾根に続く道が設定されて いる。この道は主郭直下の南西尾根上に掘られた堀切の上部までは確認できる。





天ヶ岳砦 探索口
天ヶ岳砦 探索口




天ヶ岳主郭
天ヶ岳 主郭




天ヶ岳 土橋
天ヶ岳 土橋




天ヶ岳 連続する堀切
天ヶ岳 連続する堀切




天ヶ岳 堀切13の土橋
天ヶ岳 堀切13の土橋




韮山城 砦遺構
韮山城 砦遺構 伊豆の国市HPより





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江川邸(韮山代官屋敷) 静岡県伊豆の国市

江川邸(韮山代官屋敷










江川邸は中世から続く豪族でこの地に館をかまえていました。江戸時代相模・伊豆・駿河・甲斐・武蔵の天領の世襲代官として活躍。そんな代官の屋敷をそのままの形で今に伝えています。建物でとくに目をひくのは、力学的に組まれた屋根裏の構造で、その他日蓮上人の火伏の札が屋根裏のいただきに納められていたり、立木をそのまま利用した生柱(いきばしら)などがあります。また太郎左衛門とは江川家代々の当主が名乗りました。1958年(昭和33年)に主屋が、1993年(平成5年)に書院、仏間、蔵、門、塀、神社が、国の重要文化財に追加指定され、大規模修理が行われた



_DSC9703江川邸表門
江川邸表門





江川邸表門
江川邸表玄関




江川邸に咲く桜
江川邸に咲く桜




_DSC9953パン祖
パン祖 江川英龍(担庵)
父英毅(ひでたけ)、母久子の次男として韮山で誕生。江戸に出て、神田の神道無念流、岡田十松道場に入門し兄弟子 斎藤弥九郎につき本格的な剣道を修業する。1821年(文政四年)兄、英虎が病死したため嫡子となる。 1835年韮山代官に就任する。高島秋帆(しゅうはん)に入門し高島流砲術を修める。その後江川塾を開き、佐久間象山をはじめ、全国の多くの藩より韮山へ入門者が訪れた。1850年には実子に種痘をし、成功。種痘接種を広める。1853年幕府海防掛(かかり)勘定吟味役格となり品川台場築造の命を受け、設計、起工。1854年(安政元)品川台場完成と韮山鳴滝に反射炉の築工を始める。



_DSC995裏門から見える富士山
裏門から見える富士山老中松平定信が御用絵師谷文晁にここから見た富士山を描かせた逸話が残る





_DSC9693.jpg
今回の大河ドラマでも江川邸にて撮影されていますね



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韮山城 2018改 静岡県伊豆の国市

韮山城 2018改










明応2(1493)年、駿河の今川氏の客将であった伊勢宗瑞が、韮山の堀越公方を攻め、伊豆に進出しました。伊豆を平定した宗瑞は、韮山城を築城し、自らの本城としました。
宗瑞の死後、2代目氏綱は、北条氏と改姓し、相模国小田原城(現在の神奈川県小田原市)に拠点を移したことにより、韮山城は伊豆地域を治める支城になりましたが、今川氏や武田氏などの戦国大名による進出に対する防御地点として、重要な意味を持っていました。
天正18(1590)年3月、豊臣秀吉の小田原攻めでは、約4万の軍勢に囲まれましたが、6月に開城するまで、3ヵ月にわたる籠城戦に耐え抜きました。
北条氏滅亡後は、徳川家康の家臣、内藤信成が韮山城に入城しますが、慶長6(1601)年に廃城となりました。廃城後は、韮山代官の御囲地となったため、その環境を大きく変えることなく、土塁や堀なども戦国時代の姿をとどめています。






_DSC9692改
江川邸からの遠景




_DSC9716三ノ郭の土塁
三ノ郭の土塁




_DSC9720韮山城守護神
韮山城守護神(熊野神社)




_DSC9727韮山城 主郭
韮山城 主郭




_DSC9734韮山城から見える富士山
韮山城から見える富士山





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興国寺城 静岡県沼津市

興国寺城











興国寺城は、根古屋と青野の境にある、篠山という愛鷹山の尾根を利用して築かれている。この城は、戦国時代に関東一円を支配した北条氏の祖である伊勢新九郎盛時(北条早雲)の旗揚げの城として名高い城である。

北条早雲は初め伊勢新九郎盛時と称し、室町幕府将軍の申次集を務めたが、駿河の守護今川氏とは、姉北川殿が今川義忠の正室というつながりがあった。文明8年(1476)義忠が急死すると、その後の家督争いで甥の今川氏親を助けた功により、長享2年(1488)頃、富士郡下方12郷を与えられ、興国寺城主となったとされる。

この後、盛時は明応2年(1493)に伊豆韮山の堀越公方足利茶々丸を襲って伊豆国を攻め、戦国大名としての第一歩を踏み出すが、その後、興国寺城は戦国大名による領地争い境界の城として争いの渦中におかれ、今川氏、北条氏、武田氏、豊臣氏、徳川氏の勢力下となり、慶長6年(1601)徳川家康の家臣天野三郎兵衛康景が1万石の城主となる。しかし康景は家臣をかばい自ら逐電してしまったため、慶長12年(1607)興国寺城は廃城となった。





興国寺城 主郭
興国寺城 主郭




興国寺城は、北から北曲輪、本丸、二の丸、三の丸と呼ばれる平場が直線に造られ、東側には清水曲輪と呼ばれる曲輪(城の中に造られる平場)が配されている。静岡県東部を代表する山城で、約113,000㎡の面積をもつ。 本丸の背後には、天守台と伝えられる高台があり、発掘調査によって2棟の礎石建物跡が見つかっている。瓦の出土がないことから、一般的な城のイメージにある「天守閣」ではなかったと考えられるが、ここから城の南を通る根方街道やさらに南の東海道を監視していたと思われる。

興国寺城の見どころは、大土塁(防御用の土の壁)と天守台背後に造られた幅20m以上もある大空堀である。また天守台からは原の市街と駿河湾の景色を楽しむことができる。
平成7年3月に国の史跡に指定され、現在も整備に伴う発掘調査を継続して実施しており、120年間にわたる興国寺城の歴史が明らかになりつつある。沼津市では将来的にこの成果を報告書としてまとめた後に、史跡公園としての活用を検討している。 なお、この城跡は「ぬまづの宝100選」に選ばれており、平成29年4月に日本城郭協会が選ぶ「続日本百名城」に選定されている。
*沼津市HPより



興国寺城 主郭北の空堀
興国寺城 主郭北の空堀




興国寺城 石垣
興国寺城 石垣




主郭に咲く、桜
主郭に咲く、桜





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