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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Photo Movie で見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

鳥坂城 新潟県妙高市

改2鳥坂城完成@ヤマシロ


㊟イメ-ジ図になります(。>ω<。)ノ現地説明板を参考。

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箕冠城 新潟県上越市

箕冠城原紙

㊟イメ-ジ図になります(・Д・)ノ(現地説明板を参考)

上杉三郎景虎供養塔 新潟県妙高市 勝福寺

_DSC4609補正
上杉三郎景虎終焉の地 鮫ヶ尾城遠景




天文23年(1554年) ~ 天正7年3月24日(1579年4月19日)。
北条氏康の七男。母は遠山康光の妹とされる。

初めは北条三郎と名乗ったと推定されるが、幼いころから人質として他家を転々とさせられる。
後に上杉と北条の同盟締結に際して、上杉謙信の元へ養子に出され、謙信の以前の名であった「景虎」をもらい、上杉景虎となった。

しかし、謙信が後継者を明確にしないまま急逝すると、上杉家の相続を巡って義兄弟の上杉景勝と争う「御館の乱」が起こってしまう。

当初は実家の北条氏とそれと手を組んでいた武田勝頼のバックアップにより景虎側が優勢であったが、景勝側は次第に形勢を返し始め、孤立無援となった景虎は実家である北条家に助けを求め小田原に逃れようとした。しかし、その途中部下の裏切りに会い、追いつめられた景虎は鮫ヶ尾城にて妻・華姫(清円院)らとともに自害し、その生涯を閉じた。享年は26歳とされる。





勝福寺
勝福寺 鮫ヶ尾城麓




上杉景虎供養塔 勝福寺 居館跡
上杉三郎景虎の供養塔 本堂向(入って左手側) 




上杉景虎石像
上杉三郎景虎の石像 本堂左手に在ります




馬つなぎ石
馬つなぎ石




勝福寺 立ノ内
勝福寺 立ノ内 鮫ヶ城城主の居館跡




_DSC4608.jpg





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山城 上越妙高市 201709

山城 上越妙高







*上越妙高の山城、鮫ヶ尾城・箕冠城・鳥坂城のダイジェスト版です♪(/・ω・)/ ♪






鮫ヶ城 遠景
鮫ヶ城 遠景、手前の中央が城址




箕冠城 遠景
箕冠城 遠景、一目で解る本丸




鳥坂城 本丸からの展望
鳥坂城 本丸からの展望で春日山城が見え奥に日本海が望めます

城館リスト 18 

城館リスト 十八









箕冠城 入り口案内板

鮫ヶ尾城 新潟県妙高市

鮫ヶ尾城










鮫ヶ城 遠景
鮫ヶ尾城 遠景



鮫ヶ尾城は、16世紀の後半に春日山城の前衛として普請された頸城地方最大の支城といわれています。越後を二分する大戦乱に発展した御館の乱の終焉の地でもあり、同盟の証として越後入りし、謙信の後継者と目されながらも最後は近臣の謀反によって非業の死を遂げた三郎景虎が自刃した場所としても知られています。御館の乱は、北日本屈指の大国であった越後国内のみならず、日本列島の勢力構図をも一変させうる戦乱でした。こうした大乱の由緒地であり、その存在を示す良好な歴史資料として高く評価できるものです。
 また、遺構を見ると、御館の乱で廃城になり、城郭構造の転換期とされる豊織期に増築・改変がなされなかったことから、信越国境の軍事的緊張が極度に高まった天文・永禄・元亀年間における山城構造を知るための好例とされています。上杉謙信・武田信玄の両雄を歴史の表舞台に引き出した川中島の合戦があまりにも有名ですが、そうした信越国境の軍事的緊張が高まった時期の姿を忠実に留めているという点で大変貴重な山城跡です。
 三郎景虎は北条氏康の子息として数奇な人生を送った人物という評価に留まらず、「関東一の美青年」と記す史料の存在が実像を脚色し、義経伝説にも似た悲劇的な内容で語られることが少なくありません





 山頂曲輪を基点に三方に分岐する尾根のうち、東へ向けて長く、緩やかに下降していく稜線上を東登城道、南へ向けて急勾配で下降する尾根筋を南登城道と呼んでおり、現在でも、それぞれにおいて道方の痕跡を断続的に確認することができます。現在は斐太歴史の里総合案内所を出発する後世の里道が遊歩道整備され、最も一般的な登城道として利用されています。
㊟2017.9.24現在は工事の為北登城道からはいけません





鮫ヶ尾城に関する記録はほとんどなく、唯一とも呼べる史料が天正7年3月19日付けや同年同月24日付けの上杉景勝書状です。それぞれわずか数条の記載ですが、当時の城主が堀江宗親であったことや、御館の乱の際に敗走してきた景虎が関東出奔を前に鮫ヶ尾城に立て籠もったが、堀江氏が景勝に内応したことによって落城し、山中にて自刃したことなどを知ることができます。堀江宗親は天正6年5月以降の御館周辺の攻防にも主力として参加した景虎方の有力武将でした。
 鮫ヶ尾城の築城時期に関する記録はありませんが、信越国境への侵攻が脅威となり、春日山城や飯山城等の領内の主要な城館の増改築が盛んに行われた天文・永禄・元亀年間(1532~1572)頃とする説が有力です。発掘調査でも16世紀後半の陶磁器片が数多く出土しました。
 また、近年の通称二ノ丸や三ノ丸を対象とした発掘調査では、天正七年の大火落城の記録を裏づける物証となる、被熱した陶磁器片やおにぎり形をした炭化米の塊などが多数出土しました。





鮫ヶ尾城 堀切6
鮫ヶ尾城 堀切6




鮫ヶ尾城 米倉跡
鮫ヶ尾城 米倉跡




鮫ヶ尾城 本丸
鮫ヶ尾城 本丸




鮫ヶ尾城 城址碑
鮫ヶ尾城 城址碑




上杉景虎供養塔 勝福寺 居館跡
上杉景虎供養塔 麓勝福寺 城主の居館跡





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箕冠城 新潟県上越市

箕冠城









新潟県上越市板倉区(旧中頸城郡板倉町)にあった山城(やまじろ)。築城時期は不明だが、越後国守護上杉氏の重臣大熊氏が居城とした城である。鳥坂城(胎内市)とは山ひとつ隔てた標高242m、比高約160mの独立峰につくられた城で、東西約400m、南北約300mの城域をもつ。山の東側には大熊川、西側には小熊川が流れ、外堀の役目を果たしていた。築城年代はわかっていないが、15世紀末に関東管領上杉氏の所領を管理するために越後(新潟県)に赴いた大熊氏により築城されたと考えられている。城主の大熊氏は戦国時代、重臣として越後守護上杉氏に仕え、その後、長尾景虎(上杉謙信)に仕えた。大熊氏は家中において段銭方などの要職を務めた。1553年(天文22)、節黒城(十日町市)の上野家成と千手城(十日町市)の下平修理とが領地争いを起こした。上野家成は栃尾城主で景虎(謙信)の重臣本庄実乃を頼り、下平修理は大熊朝秀を頼って争いは混迷。朝秀は長尾氏譜代の与板城主の直江実綱(景綱)や、本庄実乃と対立した。国主の景虎は長尾政景、北条高広の謀反に続き、こうした領内の混乱が起こったことで、突如、領国を放棄して出家を宣言する。




箕冠城 本丸からの展望
箕冠城 本丸からの展望




朝秀は弘治2年(1556年)に景虎が出家引退を表明したことを受けて、武田晴信(武田信玄)に通じ、箕冠城を捨て越中(富山県)に移り、武田氏と呼応して越後に侵攻する機会をうかがった。しかし、景虎が国主に復帰したことで越後侵攻をあきらめ信濃(長野県)に移り、1563年(永禄6)に武田家に仕官、山県昌景の与力を経て信玄の直臣となり、足軽大将として取り立てられた。勝頼の代には遠江国小山城代に任じられた。織田氏の攻勢を受け、多くの家臣が寝返る中で武田勝頼に忠義を尽くし、1582年(天正10)の天目山の戦いで勝頼と運命を共にした。朝秀の出奔後の箕冠城については明らかではない。間もなく廃城になったとも、信濃口を守備する上杉家の番城として1598年(慶長3)の上杉景勝の会津転封まで存続したとも考えられている。現在、城跡には曲輪(くるわ)、土塁、虎口、堀切、横堀、水の手などの遺構が残っている。
*駐車場、トイレ完備の城址公園です。



箕冠城 入り口案内板
箕冠城 入り口案内板




箕冠城 土塁
箕冠城 土塁(今回は最南端の横堀、土塁は見ていません




箕冠城原紙
㊟イメ-ジ図になります(。>ω<。)ノ





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鳥坂城 新潟県妙高市

鳥坂城







戦国時代、旧飯山街道(国道292号)の信越国境をおさえる重要な役割りを果たした山城と考えられています。高床山から北東へ伸びる尾根上に築かれ、別名鶏冠城(とさか)城とも呼ばれています。標高347メートルの位置にあった本丸の周囲には、数多くの曲輪、尾根上には連続した壮大な空掘が設けられています。
 城の設立や城主は明らかではありませんが、建仁二年(1201年)、越後領主城小太郎資盛が鳥坂山で鎌倉幕府と戦ったと伝えられています。また、鳥坂城と、平氏一族の城氏との関係ははっきりしていません。
 頂上本丸跡からの眺望はすばらしく、高床山森林公園の駐車場から徒歩約10分で本丸跡へ行けます。
ほぼ横移動で行ける山城ですが、見事な遺構を楽しめます
(*今回は西斜面側と東斜面の削平された曲輪群は見ていません。)





鳥坂城 城址碑
鳥坂城 城址碑




鳥坂城 本丸
鳥坂城 本丸




鳥坂城 本丸からの展望
鳥坂城 本丸からの展望、遥か彼方に春日山城!!




鳥坂城 本丸手前の堀切
鳥坂城 本丸手前の堀切




鳥坂城 連続する堀切
鳥坂城 連続する堀切、両サイドに畝状竪堀



改2鳥坂城完成@ヤマシロ
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岩国城 模擬天守 山口県

岩国城 模擬天守

岩国城 模擬天守

若山城 陶氏の詰城 山口県

若山城 陶氏の詰城

若山城 陶氏の詰城