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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Photo Movie で見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

古城巡り 写真館

PhotoMovieにて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・
城エクスポ2019

白方城 茨城県東海村 2016.12.29

白方城@ヤマシロ



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真崎城 茨城県東海村 2016.12.29

真崎城@ヤマシロ完成版



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石神城 茨城県東海村 2016.12.29

石神城完成版


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白方城 強大な敵、佐竹氏に立ち向かい・・・・

白方城@ヤマシロ



世の中が平家から源氏に移りゆく時期、平家に味方した佐竹氏は源頼朝に攻められて花園まで逃亡したが、その後頼朝に帰属し再び勢力を盛り返した。水戸の吉田氏はこの間の佐竹氏の弱体期を狙い、息子たちを常陸の海岸に進出させた。その最先端が次男に任せた白方城である。以後最後の城主小奈良氏が滅びるまでの300年弱、10代位の藩主が統治したと思われる。この間、鹿島大使を二度も務めており、裕福であったとことがわかる。その為には、経済力が必要で久慈川河川敷の開墾(水田)や運河の開削による港湾の造成などの施策がおこなわれたであろう。しかしながら再び勢いを盛り返した佐竹勢力に出身地水戸の吉田城を奪われ、後ろ盾を失った白方城は石神城に入った小野崎氏を含めた佐竹勢に滅ぼされ、その姿を消すことになった。

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皇大神宮周辺に城が在った
現在は神社社殿のみ土塁が残るが、昭和22年の航空写真にはコミニュティ-センタ-周辺には土塁が残っていた。

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神社社殿の三方を囲む土塁
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白方の初代城主は、館を建て久慈川周辺の湿地の開墾や塩田を開き、更には港を作り交易を盛んにする等、裕福な村を作りあげた。また、海岸で子供たちが亀を虐めているのを見て助けてやるような優しい面も有していた。この白方氏の支配は数代続いたが、やがて太田の佐竹氏や隣村に住む小野崎氏が勢力を伸ばし出すと、裕福な白方に眼を向け、終に城は取り囲むことになってしまった。勝ち目は無いと悟った、最後の城主小奈良氏は、自分の命を代償に村人を守るべく、一人城を出て敵軍との交渉に赴いたき二度とお城に戻らなかっが、城を囲んだ兵隊は自然に解散し村人たちには何も危害は及ばなかった。殿様を惜しむ村人たちが海岸に出ると沖に見慣れない船が一艘、浮かび回りを不思議な物体が取り囲んでいた。それは村人の眼には恰も亀が船を守っているが如く映つった。突然村人の中から『昔殿様が亀を救った話を思い出した。ひょっとするとあの船に殿様が乗っているのでは』と期待の呟きが洩れた。
「東海村の民話 白方城のお殿様」より



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石神城

石神城@樋口山城守完成



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真崎城 茨城県東海村 2016.12.29

真崎城完成版

真崎城 行ってびっくり!!綺麗でした(@_@)

真崎城




真崎城@ヤマシロ完成版



鎌倉末期の弘安年間(1278-1287)に、佐竹5代義重の三男義澄の子の義連が築城、地名をとって真崎三郎義連と称した。廃城は、慶長7(1602)年、14代真崎兵庫介宣弘の時代で、佐竹氏とともに秋田に移ったことによる。

色々な方のサイトを参考に、すると藪が凄いとの情報が有り・・・・・・実際に行ってみると、見事に藪が刈られ遺構を堪能する事が出来ました


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堀切3ここから郭3へと探索へ


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郭3、藪が有りません(^^)


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郭2の土塁


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堀切2


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郭1、耕作地となっていました


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石神城 整備された城址公園に見事な遺構!!

石神城





石神城完成版



石神城(いしがみじょう)は中世(ちゅうせい)においては佐都西郡石神郷(さとにしぐんいしがみごう)に位置し、東には蛇行(だこう)した久慈川(くじがわ)が流れ、南北を深い谷地(たにち)に挟まれた要害(ようがい)の地に造られていました。この城が歴史に登場したのが永享四年(一四三二)の石神城合戦(いしがみじょうかっせん)の時ですが、小野崎越前三郎(おのざきえちぜんさぶろう)が城方(しろかた)を攻めて鎌倉公方(かまくらくぼう)の足利持氏(あしかがもちうじ)より感状(かんじょう)を与えられています。文正二年(一四六七)ごろには小野崎越前守(おのざきえちぜんのかみ)がこの城の城主(じょうしゅ)となっていましたが、天文四年(一五三五)には石神小野崎道長(いしがみおのざきみちなが)による「石神兵乱(いしがみひょうらん)」が起こり佐竹義篤(さたけよしあつ)は同族(どうぞく)の額田小野崎篤道(ぬかだおのざきあつみち)にこれを鎮(しず)めさせました。しかし、天文十六年(一五四七)には両者は所領(しょりょう)の境をめぐて再び戦い、城は落ち道長は城を退去(たいきょ)しました。しかし、その後石神小野崎氏(いしがみおのざきし)は佐竹氏(さたけし)への戦功(せんこう)により帰城(きじょう)が認められ、永禄元年(一五五八)~三年にかけて石神外宿(いしがみとじゅく)の石神城鎮守住吉神社(いしがみじょうちんじゅすみよしじんじゃ)を再建し、戦死した一族の菩提(ぼだい)のため、願泉寺など三か寺(さんかじ)の寺を建立(こんりゅう)しました。慶長七年(一六〇二)佐竹氏が秋田に移封(いふう)されると石神小野崎通広(いしがみおのざきみちひろ)も秋田に行き、石神城は廃城となりました。


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城主居館跡


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長松院 小野埼氏墓碑

石神城(いしがみじょう)は東に久慈川(くじがわ)を望む本郭(ほんかく)(Ⅰ郭「遠見城(とおみじょう)」、Ⅱ郭「御城(みしろ)」、Ⅲ郭)を中心に、その北西に北郭(ほくかく)(領主屋敷)を置き、その西に城下町である総構え(そうがまえ)を持っており、その中は道路に沿って上宿(かみじゅく)・中宿(なかじゅく)・下宿(しもじゅく)と区画され、観音寺(城主の祈願所)が置かれ、西表(にしおもて)が大手口(おおてぐち)となっていました。また、南の谷地(たにち)の外側には長松院(城主の菩提寺)を置き外郭(がいかく)としました。



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常陸太田城~佐竹氏居城

常陸太田城


現在の茨城県常陸太田市に位置し、JR常陸太田駅から北方へ約1.7kmの高台(現在の太田小学校)に本郭が存在したとみられる。関東七名城の一つ。別名:佐竹城、舞鶴城、青龍城。


この城の起源は明らかではないが、天仁2年(1109年)に藤原通延(藤原秀郷の四世)が、下野国から太田郷に入り、太田大夫と称して築城したのが始まりであるという。さらに、新羅三郎義光の孫・源昌義が後三年の役(1051年から1062年)の功により領有することになった地名をとって佐竹氏を称したのち、二代佐竹隆義は当時の太田城主藤原通盛(通延の孫)を服属させて小野台地(瑞竜中学校周辺)に移して小野崎氏を名乗らせ、自らは太田城に入った。入城の日、太田城の上空を鶴が舞いながら飛んだので「舞鶴城」と名づけたという。佐竹氏代々の居城であったが戦国最末期の当主佐竹義宣は水戸城に本拠を移す。その後徳川家康の一国一城令により廃城となったが、城の機能は一部残され「太田御殿」と呼ばれ水戸藩の家老の中山氏が管理することとなった。




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武田氏館~甲斐武田氏の祖

ひたちなか市武田は,戦国時代の名将武田信玄で知られる甲斐武田氏の発祥の地です。平安時代末期(12世紀初め頃),源義家の弟義光は常陸国への進出を図り, 長男義業(よしなり)を久慈郡佐竹郷(常陸太田市)に,三男義清を当地,那賀郡武田郷に土着させました。義清は地名をとって武田を名乗り武田氏の始祖となりました。
義清とその子清光は,武田郷周辺の古くからの豪族との間で勢力を張りあっていましたが,その行き過ぎた行為を朝廷に訴えられ,義清父子は甲斐国に配流となってしまいました。甲斐の国に土着した義清父子は,新天地に甲斐源氏発展の楚を築き,その十七代後に信玄公が輩出されました。


武田氏館神社鳥居
湫尾神社


武田氏館石碑



武田氏館社殿跡
湫尾神社社殿は消失の為再建中(この場所が館跡とされる)


義清父子が住んだ館は,那珂川を見下ろす武田台地の突端部にあったといわれており,この近くに武田氏館を整備しました。この館は,昔の絵巻物などを参考にして,中世の武士の館を再現した建物で,主屋,納屋,厩(うまや)のほか,館の正面には門,板塀,堀を配置しました。主屋の造りは,主屋と玄関をつなぐ中門の張り出しが特徴の主殿造り(しゅでんづくり)と呼ばれる建築様式です。主屋内には,甲斐武田氏発祥に関係する資料や,甲冑・刀・武田遺跡出土資料などを展示しています。


1武田氏館石碑



武田氏館復元
復元された館


武田氏館館復元



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