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ようこそ!!古城巡り写真館へ(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・城館及キャンプ・・・花手水も熱い!!Photをどうぞ!!

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古城巡り写真館へ、ようこそ!!
北関東を中心に、城館をPhotoMovieにて紹介します
近年(又は現在)の城館を紹介して行きます・・・・・そしてキャンプ覚醒へ!!

古城巡り 写真館

平井金山城~平井城主の関東管領上杉憲政の詰の城

平井金山城永享10年(1438年)、鎌倉公方足利持氏と関東管領上杉憲実の間に確執が生じ、身の危険を感じた上杉憲実は平井城に逃れた。通説ではこの時に憲実が家臣の長尾忠房に築城させたといわれている。この後、持氏と憲実幕府の連合軍の間で永享の乱が起きたが、憲実方が勝利した。文正元年(1466年)に関東管領になった上杉顕定によって拡張されたという。古くから、平井城が関東管領であった山内上杉氏の拠点であったかのように...

ふるさと散歩 羽生2015

ふるさと散歩 羽生2015ふるさとを散歩してみました、知っていてもなかなか行かない小さな史跡巡り。にほんブログ村...

彦部館(彦部家住宅)~江戸初期の武家屋敷 改

彦部館(彦部家住宅)桐生市広沢町の手臼山の麓に位置する。山裾以外の三方に土塁と堀を設け、南の大手口に長屋門、北の搦手口に櫓台を築いた中世の屋敷構えを残している。主屋や長屋門は江戸時代初期に建てられたものである。現地説明板より彦部家は家蔵の「高階朝臣家譜」によると、天武天皇の長子である高市皇子を祖とする。高市皇子から六代目で臣籍降下し高階姓となり、高階氏は鎌倉時代に陸奥国斯波郡彦部郷に移り、彦部姓を...

石田堤~石田三成が武威を示すはずで在ったが・・・・・

石田堤 2015.11.22この堤は、天正18年(1590年)6月、忍城水攻めの際に石田三成によって築かれたことから、石田堤と呼ばれています。天正18年3月に始まる豊臣秀吉の関東平定に伴い、北条氏に味方する成田氏の居城である忍城は、同年6月、石田三成、大谷吉隆、長束正家らによって包囲されてしまいます。石田三成らは、地形を見て忍城を水攻めすることにし、全長28kmに及ぶ堤をわずか一週間で作り上げたと言われています。実際には...

松本城~現存する日本最古の城、400年の時を刻む2015.11.21

松本城 壱松本城 弐松本城歴代城主墓所巡り松本城は戦国時代の永正年間に造られた深志城が始まりで、現存する五重六階の天守の中で日本最古の国宝の城です。黒と白のコントラストがアルプスの山々に映えて見事な景観です。大天守と、泰平の世になって造られた辰巳附檜・月見檜のまとまりは「複合式天守」と呼び、それぞれの時代を象徴しています。この連結複合式天守は松本城だけに見られる特徴的な構造です大きい地図・ルート検...

海老ヶ島城~宅地となった広大な城郭!!

海老ヶ島城茨城県筑西市松原字城ノ内海老ヶ島城は、明野町大字松原、現在の字城之内のほぼ中心地に築城されていた。平坦な地に構築され、広さは東西300メートル、南北400メートルで、物見塚や馬場跡、空堀が残存しており、南は平沼、西は西沼、東北では深田が防御線となっている、平城型の城郭である。 「大村郷土史」には、「海老ヶ島城は大字城之内にあり、東西三町、南北四町ばかり、免責は四万坪、今やおうむね民家たり、水田...

金田城~丘陵の中に忽然と遺構が!!

金田城茨城県つくば市金田字館山現在は、人が住んでいない民家の脇の畦道を山へ進んで行けば見事な遺構を見る事ができる。残る遺構は、単郭であるが城の遺構から見て佐竹などの大きな勢力による改修がなされ、現在みられる単郭でなく西側にも城郭は広がっていたのではないだろうか。にほんブログ村...

古城巡り-2014 Best Selection

古城巡り-2014 Best Selection2014年のベストセレクションです、あくまでも個人的なものです。にほんブログ村...

淀城 淀古城~二の淀城

淀城 淀古城淀城  京都府京都市伏見区淀本町淀は「与渡津」(淀の港の意)と呼ばれ、古代には諸国からの貢納物や西日本から都に運ばれる海産物や塩の陸揚げを集積する商業地であった。また、河内国・摂津国方面や大和国方面から山城国・京洛に入る要衝であった。淀城は、宇治川、桂川の合流付近の川中島、現在の京都市伏見区の京阪電気鉄道淀駅の南西に位置する。安土桃山時代、豊臣秀吉が、側室茶々の産所として築かせた淀城は...

勝竜寺城 神足城 開田城~史跡を巡

恵解山古墳古墳時代中期(今から約1600年前)に造られた前方後円墳です。古墳の大きさは全長128m、後円部の直径約78.6m、前方部の幅約78.6mで、乙訓地域最大の規模を有しています。古墳の周囲には幅約25mの浅い周濠(しゅうごう)があり、周濠を含めた古墳の全長は約180mに及びます。 築かれた当時は斜面全体に石が葺(ふ)かれ、平らなところには埴輪(はにわ)が立て並べられていました。古墳に葬られた人物の名前は記録に残ってい...

川崎城 澤村城 御前原城

川崎城 澤村城 御前原城川崎城 栃木県矢板市反町塩谷氏の居城。正治建仁年間(1199年〜1203年)の頃築城。文禄4年(1595年)2月8日廃城。塩谷城、塩谷故城、蝸牛城などとも呼ばれる。 川崎城は、正治建仁年間(1199年〜1203年)に塩谷朝業により築城され、以後塩谷氏の居城となる。藤姓塩谷氏とは、朝業から隆綱までの塩谷氏のことであるが、この時代の川崎城に関する事績は少ない。おそらく、侵攻されることもなく塩谷氏の城...

川越大師喜多院~徳川氏所縁の寺院

川越大師喜多院慈覚大師が830年(天長7)に創建した天台宗の名刹で、正式には星野山無量寿寺喜多院という。 江戸時代初期、名僧天海大僧正が住職をつとめた寺として、また江戸城から移築された三代将軍徳川家光・春日局ゆかりの建物をはじめとする、多くの文化財を所蔵している喜多院の名は川越をというより、埼玉県を代表する寺院として全国的にも有名である。 徳川家康の信任を得ていた天海僧正が第27世住職になると、幕府からの...

大垣城~

大垣城大垣城  大垣市郭町2-52大垣城は美濃守護・土岐一族の宮川吉左衛門尉安定により、天文4年(1535)に創建されたと伝えられています。関ケ原の戦いでは、西軍・石田三成の本拠地となりました。その後、戸田氏が十万石の城主となり明治まで太平の世が続きました。昭和11年(1936)に国宝に指定されましたが、昭和20年(1945)7月戦災で焼失。昭和34年(1959)4月、4層4階の天守を再建し、名実ともに城下町大垣のシンボルとなりました...

犬山城 岐阜城 墨俣一夜城

犬山城 岐阜城 墨俣一夜城犬山城  犬山市犬山北古券65-2犬山城は豊臣秀吉が生まれた天文6年(1537)、織田信長の叔父である織田信康によって創建された、現存する日本最古の木造天守閣です。尾張(愛知県)と美濃(岐阜県)の国境に位置するため、戦国時代を通じて国盗りの要所となり、城主はめまぐるしく変わりました。小牧・長久手の合戦(1584)では、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が12万人の大軍を率いてこの城に入城し、小牧...