星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・PhotoMovieで見る 城館をどうぞ!! 滋賀県 - 古城巡り 写真館
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  • 2012年8月登城長浜市の小谷山(495.1m)にあり、浅井家が3代にわたって居城としていました。築城は1524年ごろで、中世三大山城のひとつです。湖北の大名・浅井長政と織田信長の妹で戦国一の美女といわれたお市の方、その間に生まれた3人の娘・浅井三姉妹(茶々、初、江)ゆかりの城です。城跡からは琵琶湖や湖北の地を一望することができます。 織田信長との戦いで浅井家が滅んだ後、羽柴(豊臣)秀吉に与えられましたが、秀吉は... 続きを読む
  • 2013年7月13日登城柳ヶ瀬山(中尾山)の尾根上に位置し、織田軍と朝倉軍が戦った刀根坂の戦いの舞台の刀根越(倉坂、久々坂ともいう)がすぐ南にある、また北国街道(現在の国道365号)を見下ろせる軍事上の要所に位置している。さらに南側の行市山には、中尾山と行市山を結ぶ軍道を整備したと伝わる勝家の家臣・佐久間玄蕃允盛政の砦があったという。賤ヶ岳の戦いの際に勝家・秀吉の両軍が布陣した山城の中でも、玄蕃尾城は空堀の... 続きを読む
  • 2013年7月13日登城、麓からでなく林道から入りました。番場は古くから東山道(中山道)の要衝に位置しており、鎌倉時代には西遷御家人土肥氏が箕浦荘の地頭に補任されている。土肥氏は番場に居館を構え、その跡は現在「殿屋敷」と呼ばれている。しかし、戦国時代になると番場の領主は土肥氏から堀氏に代わり鎌刃城が築かれた。『今井軍記』によると文明4年(1472)に今井秀遠が堀次郎左衛門尉の立て籠もる鎌刃城を攻めており、この... 続きを読む
  • 説明板より山城部分とは別に築かれた南山麓の居館部分である。谷地形の中央部分、標高約130mの地点より雛壇状に曲輪が配されており、最上部に位置するのが秀次居館跡で、巨大な内枡形の食い違い虎口があり、その西側には二段、東側には四段の高石垣を構えている。秀次居館跡の石垣も隅部分は算木積みで積まれており、直接的に傾斜する。この部分の築石は部分的ではあるが、鏡石積みで八幡山城の石垣石材の中で、非常に大きな石が使... 続きを読む
  • 長浜城・宮川陣屋・下坂氏館下坂氏館跡は、滋賀県北部の長浜平野の南西部に位置し、東に伊吹山麓、西に琵琶湖を望む。館跡の北側に姉川を源とする五井戸川が流れ、自然堤防上の微高地で周辺を森に囲まれた小高い場所に位置している。下坂氏は近江国坂田郡下坂庄の国人領主である。下坂庄は下坂中、大戌亥、高橋、下坂浜の四ヵ村からなっている。 下坂氏は建武3年(1336)7月の足利直義からの感状を始め、佐々木氏・京極氏・浅井... 続きを読む

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城館リスト Aug 17, 2030
須影八幡神社 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019
長光寺 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019
源長寺 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019
葛浜氏館 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019

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