星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・PhotoMovieで見る 城館をどうぞ!! 神社仏閣 - 古城巡り 写真館
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  •  この八幡神社は。「新編武蔵風土記稿」に「村の鎮守なり、慶安二年八月二十四日、社領十九石五斗余を賜う、」と記されており、別当(寺院が神社を管理していたこともある)として蓮華寺の名前も見えます。その最後の住職であった潮元が、安政四年(1857年)から慶応元年(1865年)まで現在の本殿と拝殿を造営したものです。 本殿の壁面には西、北、東の3面に彫刻が2つずつ残されています。西側は「七福神」、北側は「神功皇后縁... 続きを読む
  • 『新編武蔵風土記稿』によると、“斎藤内左衛門”が開基したという。羽生城は勢力伸長を図る後北条氏によって維持が不可能となる。そして、天正2年(1574)閏11月に自落した。斎藤盛秋は“上杉謙信”に仕えていた、不安定な関東の情勢を懸念し盛秋を羽生城に派遣したのである、城兵は謙信が引き取り斎藤氏は羽生に残る。長光寺 参道斎藤家はその後帰農した、内左衛門は前述のとおり、今泉村の名主となり、長光寺を開基した。斎藤家の... 続きを読む
  • 『新編武蔵風土記稿』によると、開基は羽生城主木戸忠朝とある。羽生城時代には、砦として機能していたのでしょう。伝承によると、矢狭間のある塀が寺の周囲を張り巡らしていたそうです。また、上杉謙信が源長寺の山門に大砲を設け、羽生城に向けて撃ったという伝説もあります。「武田家の高札」は、上杉謙信と後北条氏が和睦を結び、手すきになった羽生近辺に侵攻してきたときに、立てられたものだと言われています。すなわち元亀... 続きを読む
  • 曹洞宗の寺院、上州太田の金龍寺の末で瑞雲山と号する。岩松寺四世泉光和尚の『中岩瀬天神宮縁起』によると、天文13年(1544)の春、羽生城主木戸伊豆守忠朝によって建立されたとある。  また、境内に存する『当山開創縁起』碑には、開基は小田原城主北条氏康の軍将である柴山縫殿介で、法名を岩松院春桂居士といい、元和3年(1617)2月13日に没した。開山は、金山金龍寺第6世住職の叡州玄珠であるとあるとし、次のような... 続きを読む
  • 林泉寺(りんせんじ)は、越後国守護代・長尾氏およびその後裔である上杉氏の菩提寺として知られる曹洞宗の寺院である。山号は春日山(かすがさん)。 長尾氏の居城・春日山城(現在の新潟県上越市)の山麓に建立された上越市の林泉寺。春日山林泉寺 総門 春日山城の搦手門と云われる(数年前に改修され、茅葺から銅葺になっていました)春日山林泉寺 山門山門の第一義林泉寺境内... 続きを読む

最新記事 (サムネイル付)

城館リスト Aug 17, 2030
須影八幡神社 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019
長光寺 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019
源長寺 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019
葛浜氏館 埼玉県羽生市 Sep 15, 2019

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