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名草城・南氏館~足利氏重臣の居城!!

名草城・南氏館





南氏館は、現在の金蔵院境内となっている地にあった。 周囲を土塁と堀で囲まれた居館が現在では西側に墓地に沿い土塁が残るだけとなっている。 また、境内には南宗氏の五輪等が残っている。

金蔵院~本堂
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西側に残る土塁
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南宗氏の五輪塔
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金蔵院からの名草城
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南氏はもとは紀州の豪族であり、足利尊氏に従って当地にやってきたのだという。この土地は本来丸木郷と呼ばれていたが、紀州の名草郷にちなんで、名草と改称されたものであるという。南宗継はその後足利尊氏に従って各地を転戦したことが「太平記」などの記述に見られる。南氏の居館は現在の金蔵寺にあったといわれるが、非常時の際に立てこもる城として名草城が築かれたのであろう。名草城はこの南宗継によって築かれたものと考えられる。



清源寺 南氏墓所
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名草の清源寺本堂の南東の山腹にあり、安山岩製の五輪塔が5基、壇上に南面して並んでいます。
南氏は足利尊氏の重臣で、清源寺を建てた南宗継をはじめとする南一族の墓塔で、5基すべてに銘記があります。
五輪塔の形状や金剛界四仏とその手法など、多少の違いはありますが、時代的特徴を良く示しており、歴史的にも貴重なものです。



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