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常泉の代官屋敷 埼玉県加須市

代官屋敷復元門2
子孫の方が建てられた復元門



小田家は本姓を福島氏とされ、江戸時代には常泉周辺の名主代官として屋敷を構え、明治維新以降に本姓である福島家に戻したものと思われます。本姓を有するという場合には、一般に天正18年(1590)徳川家康の関東入府以前の後北条氏が支配していた戦国時代において、有力な地侍階層(土豪)として存続していたであろうことも窺われるものですがその詳細は不明です。
現在代官屋敷は、物流倉庫となり堀跡の痕跡が僅かに残るのみとなる。





代官屋敷の堀跡
堀跡と思われる水路(南西より)




小田熊太郎誕生地
小田熊太郎誕生地



常泉の名主代官を代々務めていた福島久兵衛の長男。
小田熊太郎は文久三年(1863年)10月常泉を出奔して、学問の師である桃井可堂の天朝組に加わり赤城山挙兵を企てるも成らず、江戸長州藩邸に潜伏。 文久4年(1864年)同志と水戸に走り天狗党に入り、 筑波山に兵を挙げ遊軍隊長となり下妻で幕軍を破るも戦いに利なく、変装して宍戸へ落ちる途中に追討軍に捕えられ水戸の吉田原で斬首された。勤王の志士として贈正五位その功績を称えられている。
天保14年(1843年)3月15日生誕。元治元年(1843年)10月9日斬首。享年22歳。



小田
小田霊社 小田熊太郎の遺骸は、実弟の手によって常泉の地に改葬され、小田霊社として祀られることになった。





常泉の代官屋敷 2018年
2018年 常泉の代官屋敷



1960常泉の代官屋敷
1960年代 常泉の代官屋敷




[埼玉県加須市常泉362]

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