FC2ブログ

比企能員邸跡

比企能員は、源頼朝の乳母であった比企禅尼の養子であり、禅尼と共にこの場所に住んでいました。この土地の名前が、比企ヶ谷というのもこのためです。 能員の娘は頼家の妻になり、 若狭局(わかさのつぼね)とよばれて、一幡という子供を生みました。1203年頼家が病で倒れると、母親でもあり、頼朝の妻でもある政子が頼家の権力を2分して、頼家の弟千幡に渡そうとしました。このことに能員が怒り、 ひそかに北条氏を滅ぼそうと計画しましたが、逆に北条方に覚られ、比企一族はこの地で滅ぼされてしまいました。
この比企谷に比企能員屋敷やその一族の屋敷が有ったのでしょう・・・・・






_DSC1493.jpg
比企能員館碑




_DSC1497改





_DSC1499.jpg
一幡の袖塚 比企の乱後、焼け跡の中からわずかに見つかったという袖をまつる。戦火の中、6歳で死んだ一幡の袖だという。






_DSC1512.jpg
比企一族供養塔 祖師堂横に並ぶ





関連記事
スポンサーサイト

0 Comments

Post a comment