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丹生城  群馬県富岡市

丹生城








弘治年間(1555年~1558年)頃の城主は新田景純であるが、永禄初期の頃に武田信玄に属し、甲斐へ移った。永禄4年(1561年)武田信玄は国峯城を攻略し、小幡氏を国峯城に復帰させると、丹生城はその支城として小幡氏の所領となり、永禄10年(1567年)景純の子信純は後閑城主となって後閑氏を名乗った。
*詳細はデジブックの中で・・・・・・・・




城址入り口(高速側)
城址入り口(高速側)城址の中迄舗装した道路が有りますが、中へ行かないのが良いでしょうUタ⁻ンは軽以外はキツイと思います




説明板の有る郭
説明板の有る郭、切岸沿いが水堀跡と説明板に





現地説明板
現地説明板 国峰城の出城として西方から侵入する甲斐武田軍に対する防衛の為、金乗寺の南の山に築かれた城で本丸を中心に「ひとで」形に派出した七つの尾根で築かれました。





井戸跡 二重堀切の間
井戸跡 二重堀切の間





丹生城主郭
丹生城主郭





二重堀切
二重堀切





三日月石
三日月石今なお残る三日月石には、敵の夜襲を受け落城直前の際、岩頭の水が月光で放つ輝きにより敵軍がおののき退却したという説話が残されています 





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丹生城@ヤマシロ完成
㊟イメ-ジ図です♪(o・ω・)ノ))
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