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archive: 2018年02月04日  1/1

戸崎城 埼玉県加須市

戸崎城の詳細は不明ですが、「吾妻鑑」では戸崎国延の居館とされています。また戦国時代には騎西城の支城として利用された可能性が指摘されています。城址は竜宝寺と諏訪神社あたりで、明治初期には土塁が残っていたようですが、現在は田畑となっており遺構は確認できませ。諏訪神社に案内板が建てられています。諏訪神社から竜宝寺までが城址となる諏訪神社社殿諏訪神社に在る城址の説明板説明板から見る遺構・・・明治期までは諏...

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明願時氏館 埼玉県加須市

 明願寺氏の館跡(金道院)とも云われていますが詳細は殆ど不明大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )...

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阿良川堀之内 埼玉県加須市

志多見の旧家松村家の先祖が主家である伊勢の北畠氏滅亡後に伊勢河内城主松村対馬尉吉宗が忍城主成田氏長に庇護されて志多見に土着し、この阿良川の地に居館が置かれる館跡と推定される玉泉寺の境内地は周辺の水田よりも1m以上は高くなっています。南東1.5kmには道智氏館が所在館跡と推定される玉泉寺本堂玉泉寺は太田道真開基とされる玉泉寺参道大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )...

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門井館 埼玉県加須市

天正10年(1582)、足利義氏が家臣石川信濃守に発給した文書に、「殊御代官所は南大桑に前々の如く仰せ付けられ候」とある。この南大桑の代官所というのが門井館のことではないかと想像される。つまり門井館は当時(それ以前から)足利義氏の代官所としていた。 またかつて発掘調査が行われた際に、郭内から元享元年(1321)の板碑が出土している。このことから鎌倉時代にはすでにこの地に館が在ったと思われる。現在においても、...

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館山 大越氏館 埼玉県加須市

「新編武蔵風土記稿」の大越村の小名の記述によると「館野 古へ羽生城の在りし頃、砦などありし蹟なりと云うのみにて、何人の住せしと云ことは伝えず、今に堀土手等の形残れり、今按に村内徳性寺は、小山判官朝政の祈祷所にして、義政の再興と伝え、及び柳生村の民才次郎の家系に、天正11年7月小山小四郎小田原勢に打ち負て、当村へ落来りしとき、才次郎の先祖主水助も共に従いて来り、暫く住せしことを記したる類によれば、恐...

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埼玉県加須市城館

埼玉県加須市の城館は戦国末期の城は少なく、鎌倉期の館跡が中心となり遺構は少なく推定地となります。埼玉県加須市城館...

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