星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Digi Bookで見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ 古城巡り 写真館
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古城巡り 写真館

〜フォトム-ビ-にて現在の城館・史跡を紹介して行きます!!遺構の有無に関係なく・・・・・・・〜
古城巡り 写真館 城館リスト 2030.01.01
津久井城 神奈川県相模原市 2019.07.08
小松城 神奈川県相模原市 2019.07.08
上の山城 神奈川県相模原市 2019.07.08
伏馬田城(尾崎城) 神奈川県相模原市 2019.07.08

櫻咲 川越 ~ 中院 南院 喜多院

江戸香 櫻咲く川越




川越大師 喜多院 五百羅漢 干支巡り




中院の枝垂れ櫻
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中院の歴史は、平安時代まで遡ります。
天長年間(824~833)、この地に3つの寺、星野山無量寿寺「仏蔵院」「仏地院」「多聞院」が次々と創健されました。

仏蔵院(北院)は後の喜多院、そして仏地院こそ現在の中院です。多聞院(のちに南院)は明治に入り廃寺となりました。これら3院で構成されたのが星野山無量寿寺です。現在は喜多院が境内も広く勢いがあるイメージですが、当時は中院が中心的役割があり、勢力を持っていました。

喜多院本堂
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喜多院庫裏前の枝垂れ櫻
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川越大師喜多院は、五百羅漢や正月3日のだるま市(初大師)で広く知られる。天長7(830)年、淳和天皇の勅により慈覚大師円仁により勅願所として創建された。寛永15(1638)年の火災後の再建時には、江戸城内の家光誕生の間や春日局化粧の間が、喜多院の書院、客殿として移築された。境内には他にも多くの文化財や史跡があり、多くの参拝客で賑わっている。



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長野県 塩尻市 松本市 城館

塩尻市 松本市 城館




塩尻市城館

長者屋敷
『長野県町村誌』には、「吉田の正西七町許在り。伝に曰、天文中、城ノ伊庵拠之。城氏は始、長尾家に仕え後武田家に属す。」と記載され、『信府統記』には「吉田村屋敷跡」として「武田ノ小臣城伊庵領地ニテ住セリト云フ」と記載されています

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野村館

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野村砦

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権現館

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南熊井城

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松本市



神戸館

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今井陣屋

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中原氏館

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大妻氏館

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国指定史跡 小倉城跡~比企城館跡群

小倉城跡 ①





小倉城跡 ②





 小倉城跡にかかわる同時代の確実な文書は発見されていないが、江戸時代の『新編武蔵風土記稿』では、戦国時代の関東に覇を唱えた後北条氏の重臣遠山氏を城主として伝えています。

 また、『武蔵志』では遠山氏、或いは上田氏とも伝えています。

 小倉城は、攻守一体で様々な工夫が凝らされた削平地をつらねた戦国時代の山城で、通称城山と呼ばれる山の山頂から中腹にかかえて所在している。


 本丸に相当する郭1と二の丸に相当する郭2を並列して配置し(並郭式)、郭1南東と郭2南西を堀切り、郭3、郭4を設けています。郭5は独立して井戸沢と呼ばれる谷に面することから「水の手郭」と判断されます。

 郭1は土塁の規模、虎口の構造、全ての導線がこの郭に収斂することから他の郭とは序列的に明らかに優先しており本郭(本丸)として位置づけられます。

 また、山裾から見ると南からは郭4―郭2―郭1、東からは郭3―郭1、北からは郭1北腰郭―郭1と階段を登るように進まなければ中心である郭1へは入れない構造(梯郭式)となっています。

 随所に折れ曲がった導線と虎口を設置し、鍵の手状の横堀と縦堀が組み合わされた大堀切、櫓台、二重堀切、連続縦堀など多彩な技法により普請されています。

ときがわ町hpより


縄張り図~現地説明板

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三ノ曲輪石積


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主曲輪北桝形

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城址麓の大福寺


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主曲輪

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小倉城城址碑・主曲輪


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主曲輪と三ノ曲輪の堀切

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主曲輪~南虎口

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逆井城と支城 2016年3月5日

逆井城 大手口から外郭三ノ曲輪





逆井城 一ノ曲輪から西側遺構 大鳥館 駒寄城





  逆井城は今から400年以上前の戦国時代末期(1577年)に後北条氏の北関東進出拠点として築城されました。1590年(天正18年)、豊臣秀吉が小田原城の後北条氏を滅ぼしたため、逆井城も廃城になりましたが、現在もその外堀と土塁が残っています。調査によって、櫓(やぐら)門、橋、塀、主殿、二層櫓などが復元され、戦国時代にタイムスリップできる公園になっています。また、園内には四季折々の花が咲き、広々とした風景の中、ゆったりと散策を楽しむことができます。管理棟内には手打ちそばが自慢のそば工房「智姫」があります。

坂東市観光協会hpより



大手口 二層櫓と筋違い橋
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平櫓と井楼矢倉
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復元された主殿
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逆井氏の菩提寺・常繁寺
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逆井城の重臣の館跡
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駒寄城~逆井城の支城
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茨城県坂東市逆井1281

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茨城県坂東市香掛2799 ( 駒寄城)

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