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archive: 2015年10月  1/3

陸奥代官塙陣屋 釜子陣屋 釜橋之碑

代官塙陣屋 釜子陣屋 釜橋之碑代官塙陣屋  東白河郡大字塙本町塙代官陣屋案内板によると「陸奥代官塙陣屋は、江戸幕府が、享保14年(1729)2月、塙の近隣5万石余を直轄地とし、竹貫(石川郡竹貫村)の陣屋を開設し、同年9月、塙に陣屋が移された事により始まる。塙に陣屋が移された理由は、塙の地が常陸太田街道、平潟街道沿いに位置し、久慈川流域の年貢米の輸送の便、更には奥州外様大藩のけん制、或は、江戸防衛の...

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赤館 中丸館~棚倉町中世の城館

赤館 中丸館赤館 棚倉町大字棚倉(赤館公園)棚倉北部標高345mの丘陵地にあり、近世棚倉城が築城されるまでは丘陵に館が築かれこの地を治めてきました。丘陵地から眺める風景は、城下町棚倉の町並みが一望でき、また、公園の南側山麓には、「紫衣事件」で棚倉に配流された京都大徳寺の住職玉室和尚の草庵跡の碑があります。 中世の赤館に関する資料は極めて少なく、築城時期など判然としない点が多くありますが、唯一建武年中(1...

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小峰城~震災後の現状は?

小峰城福島県白河市奥州関門の名城と謳われた小峰城は、結城親朝が興国・正平年間(1340~1369)に小峰ヶ岡に城を構えたのがはじまりで、寛永9年(1632)に江戸時代の初代藩主、丹羽長重が4年の歳月を費やして完成させた梯郭式の平山城です。 その後、松平定信をはじめ7家21代の大名が居城しましたが、慶応4年(1868)戊辰戦争白河口の戦いで落城。約120年の時を経て、平成3年(1991)に三重櫓、平成6年(1994)に前御門が江戸時代の絵図に...

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棚倉城~丹羽長重の築城

棚倉城元和元年(1622年)、常陸国古渡より棚倉に移封された丹羽長重は、幕府より築城の命を受け寛永元年(1624年)、近津明神(都々古別神社)を馬場の地に遷宮し、翌2年、その跡地に棚倉城の築城に着手し、寛永4年(1627年)に完成しました。慶応4年(1868年)、戊辰戦争で落城するまでの240余年、8家16代の城主交代があり、お堀に住む大亀が水面に浮かぶと決まってお殿様が転封されたということから、別名「亀ケ城」ともいわれ...

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佐倉~武家屋敷

佐倉~武家屋敷 2015.10.18城下町佐倉の面影をいまに残す土塁と生垣の通りに面して、「旧河原家住宅」(千葉県指定文化財)、「旧但馬家住宅」(佐倉市指定文化財)、「旧武居家住宅」の3棟の武家屋敷が現在公開されています。3棟とも江戸時代後期の建築で、佐倉藩士が暮らしていたものです。旧河原家住宅は、市内に残る武家住宅の中で最も古いものとされ、展示された調度品に佐倉の武士の生活様式を垣間見ることができます。旧但...

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大宝城~南北朝、常陸激戦の舞台!!

大宝城大宝城  下妻市大宝667西、北、および東方の一部を旧大宝沼に囲まれた台地の自然の地形を利用して造築された城郭であり、東方も古い時代は沼か湿地であったと思われるから三方断崖に面した要害の地であった。  東西288メートル・南北576メートルで台地の北方を本丸、南方を大手、東を搦手とした。  1341年(興国2・暦応4)11月、春日中将顕国が興良親王を奉じて小田城よりここに移ってから、東国における南朝方の拠点と...

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関城~南北朝、常陸激戦の舞台!!

関城市の南端にあり、東・南・西の三方が大宝沼に囲まれ、北部は台地続きで数重の土塁と東から西側の大宝沼に通じる堀割をめぐらせ、天然の要害地とした城郭です。 延元元年(1336)後醍醐天皇が神器を奉じて吉野に入ってから朝廷は二つに分かれ相争うこととなり、吉野朝を南朝、京都朝を北朝として南北朝時代の動乱が幕開けしました。 延元3年(1338)南朝方は奥羽地方の兵力を結集して再興を計ろうと、義良(よしなが)親王を奉じ...

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秩父巡礼2014 午年総開帳~晩秋

秩父巡礼 午年総開帳秩父札所巡礼、終了の翌日の風景です・・・・・・・・・最高の1枚を求めて・・・・・・・・・・晩秋の秩父で、もう冬はまじか・・・・紅葉も終り、午年総開帳も終了【コミネモミジの巨木は樹齢500年】【あの花の舞台、新秩父橋】にほんブログ村...

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秋月城 久留米城~九州

秋月城 久留米城秋月城  福岡県朝倉市秋月野鳥秋月城(秋月陣屋)は、1624年(寛永元年)に福岡藩主・黒田長政の三男である黒田長興が福岡藩の支藩、秋月藩の藩庁として築いた城です。この場所にはもともと秋月氏の居館があり、背後には古処山城があります。この陣屋には二重櫓や平櫓が5基建て並べられていたといわれます。現在、城址には黒田長興を祀った垂裕神社が建てられており、堀や石垣のほか、裏門であった長屋門、旧大...

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薩摩 霧島 鹿児島 姶良市城館~薩摩

桑幡氏館 舞鶴城 加治木城 加治木館 富隈城 鶴丸城 横川城 松尾城桑幡氏館 鹿児島県隼人町神宮2神仏混淆であった大隅正八幡宮には、別当寺も含め多くの神官・神人・僧侶が係わっている。「四社 家」、「十家」又は「一家」、「衆徒十五坊」、「殿守十二家」、「四十七家」「隼人十八家」など 百十家があり、中でも世襲の四社家は、それらを統括する立場にあった。 桑幡氏は、息長姓をもち現在の当主で76代目となる。中世...

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