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category: 鹿児島・沖縄県  1/2

松尾城(粟野城) 鹿児島県姶良郡湧水町

松尾城 大手門??南九州唯一の山城跡とされ、特に虎口の石垣と翻案ルの屋形土台石の存在は貴重な文化財。古代、中世を通じて薩隈日、球磨の戦略拠点として重要な砦であり真幸院領主北原氏がこの城二移った。戦国末期、島津氏が3州を統一、今から役380年前の天正18年(1590年)には島津義弘が飯野城から移り帖佐に移る迄の満5年間居城とした。その間文禄元年(1592年)の朝鮮遠征には松尾城から出陣している。現地説明板より松尾...

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横川城 鹿児島県霧島市横川町

横川城 登城口横川城は、承久年間(1220年前後)に大隅国守護横川時信がこの地方の領主として居城していました。その後、永禄年間になると、真幸院領主の北原伊勢介の領地となります。 永禄5年(1562)北原氏に内乱があり、一族の多くは薩摩鶴丸城の島津氏につきましたが、北原伊勢介と子の新助は、日向飫肥城の伊東氏について横川城に籠もりました。 島津貴久は、永禄5年6月3日に島津義弘、歳久の兄弟に横川城を攻めさせると...

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富隈城 鹿児島県霧島市

富隈城 石垣 南東隅の石は加藤清正が寄進したものと伝わる文禄4年(1595年)、豊臣秀吉により強制的に隠居させられた島津義久はそれまで居城としていた内城を退去する事態に追い込まれ、急遽薩摩国と大隅国の境にあり、港が近くにあるこの地に屋形を築いた。これが富隈城である。 通常島津氏の城は裏山に後詰めの山城があるが、この富隈城にはそれに当たる物が無く、秀吉に対して恭順の意を表したとも、或いは秀吉に圧力を掛けら...

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舞鶴城 鹿児島県霧島市

舞鶴城 城址碑舞鶴城は、国分小学校と国分高校の運動場のある一帯にありました。南側の道路に面して、高さ3メートル、長さ200メートルの石垣とその前の堀、そして2つの石橋が昔の面影をわずかに残しています。島津義久が富隈城(隼人町)から舞鶴城に移居したのは、慶長9年(1604年)のことで、7年間居城されました。館造りとともに城下町(現在の市街地)もこの頃造られました。 舞鶴城 朱門と堀舞鶴城 朱門舞鶴城 石垣と...

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桑幡氏館 鹿児島県霧島市

桑幡氏は、息長姓をもち現在の当主で76代目となる。中世には「社家の筆頭」とされる。長く大隅正八 幡宮の四社家として、留守・沢・最勝寺氏とともに神宮の繁栄を支えてきた。桑幡氏は、「火闌降命よ り出、欽明天皇御宇息長姓を賜う」とあり、隼人の子孫であるともいわれ、また、大分県の宇佐から来 たともいわれる。平安~鎌倉時代には助清・清道親子152・53代)が活躍した。『平家物語長門本』に第 53代息長清道が登場し、平清盛...

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