古城巡り 写真館

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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Digi Bookで見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

category: 山口県  1/4

勝栄寺土塁 教訓状発祥の地 山口県周南市

勝栄寺は、陶弘政を開基とする時宗寺院(現在は浄土宗)です。創建されたのは、陶氏が富田保へ移住して間もない時期(1350〜80年)と考えられています。 この時代の時宗は、布教と併せて北朝方の動静をさぐり、南朝方の連絡をすることにあったとみられており、富田保が大内惣領家の橋頭堡的位置を占めていたことからして、勝栄寺の政治的・軍事的性格は強まらざるを得ませんでした。 勝栄寺は、江戸時代の「防長寺社由来」...

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杉屋敷 山口県周南市

中世の徳山は野上庄といわれ、しばらくの間、陶氏がこの地方を治めていました。14世紀になると、陶弘政の有力な家人である野上氏が配置され、陶氏の重臣として活躍したといいます。 弘治元年(1555)、陶晴賢の厳島での敗死に端を発し、陶氏が滅ぶと野上氏も運命をともにしました。野上氏が滅ぶと杉元相がかわって野上を支配しました。元相は金剛山下のみはらしのいいこの地に居館を構えました。毛利氏に仕え勘解由判官と称し興元...

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岩国城 山口県岩国市

岩国城城下を巡る慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いに敗れた毛利輝元は領地を大幅に削減され、広島城から萩城に移封となった。同時に一族であり毛利家存続に注力(結果的に毛利氏は領土を大幅に削減された)した吉川広家も同時に米子城から当地に3万石で封じられた。慶長5年10月には家臣団が、慶長6年(1601年)には広家がこの地に赴任した。広家赴任と同時に岩国城の築城が開始された。麓に平時の居館となる「土居」と、戦時の城「横...

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周防源氏武田氏館 山口県岩国市

安芸武田氏の 武田光和 は正妻(八重女)との間に嫡子がないまま、天文9年(1540) 33歳の若さで病没した。後継者として、光和 の甥 信重 (光和の妹婿 繁清の子)と若狭の 武田信実 の案があったが、結局、 尼子氏や重臣たちの推挙した 信実 を養子に迎え家督を継いだ。が、その時、重臣 品川氏らの「毛利・熊谷氏に対し直ちに”元繁”光和” の弔い合戦をすべし」という強硬派に対し、八木城 主香川光景らは「一旦 毛利氏と和睦し時...

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冷泉屋敷 山口県岩国市

築城年は不詳だが、大内氏家臣の冷泉判官隆豊が居住したといわれる。冷泉氏は大内氏の庶流で、興豊の時にその妻が冷泉氏にゆかりがあるということで冷泉氏を称した。隆豊は興豊の嫡男で、天文20年(1551)陶晴賢謀反の際、大内義隆を守って奮戦するも、義隆に殉じた。 現在は小高い丘にの上に冷泉神社が建ち社殿の脇には古い五輪塔が沢山在ります。舘跡の遠景山頂には冷泉神社が祀られています沢山在る古い五輪塔舘跡からの展望大...

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