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category: 滋賀県  1/2

秀次居館(八幡山城) 滋賀県近江八幡市

説明板より山城部分とは別に築かれた南山麓の居館部分である。谷地形の中央部分、標高約130mの地点より雛壇状に曲輪が配されており、最上部に位置するのが秀次居館跡で、巨大な内枡形の食い違い虎口があり、その西側には二段、東側には四段の高石垣を構えている。秀次居館跡の石垣も隅部分は算木積みで積まれており、直接的に傾斜する。この部分の築石は部分的ではあるが、鏡石積みで八幡山城の石垣石材の中で、非常に大きな石が使...

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長浜城・宮川陣屋・下坂氏館

長浜城・宮川陣屋・下坂氏館下坂氏館跡は、滋賀県北部の長浜平野の南西部に位置し、東に伊吹山麓、西に琵琶湖を望む。館跡の北側に姉川を源とする五井戸川が流れ、自然堤防上の微高地で周辺を森に囲まれた小高い場所に位置している。下坂氏は近江国坂田郡下坂庄の国人領主である。下坂庄は下坂中、大戌亥、高橋、下坂浜の四ヵ村からなっている。 下坂氏は建武3年(1336)7月の足利直義からの感状を始め、佐々木氏・京極氏・浅井...

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玄蕃尾城(内中尾山城)~柴田勝家の本陣!!

玄蕃尾城(内中尾山城) 滋賀県長浜市余呉町柳ケ瀬北尾624福井県と滋賀県の県境にある柳ヶ瀬山(標高420m)の頂上にあり、北国街道と刀根越間道との分岐点に位置する。城は、天正十一年(1583)北ノ庄城主・柴田勝家が賤ヶ岳合戦時の本陣として築城される。本城は、尾根上に巧みに配置された4郭構成で、各郭には空堀や土塁で区画されるとともに、土橋や馬出し遺構で繋がっている。本丸は、高さ0.6~2mの土塁で囲まれ、東・南・西の...

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彦根城~徳川四天王、井伊氏の居城

彦根城滋賀県彦根市徳川四天王の一人・井伊直政は、1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いの後、その軍功により18万石にて近江国北東部に封ぜられ、西軍指揮官・石田三成の居城であった佐和山城に入城した。佐和山城は石田三成が改築した後は「三成に過ぎたるものが二つあり、島の左近に佐和山の城」の一つともいわれたが、直政は、中世的な古い縄張りや三成の居城であったことを嫌い、湖岸に近い磯山(現在の米原市磯)に居城を移すこと...

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佐和山城~石田三成の居城

佐和山城滋賀県彦根市佐和山町 鎌倉時代、佐々木定綱の六男、佐保時綱がこの地に館を構え、15世紀中頃には、六角氏の支配のもとに小川左近大夫を城主として、犬上坂田両郡の境目の城となったと伝えられている。 戦国時代、佐和山城は度々戦乱の舞台となり、多くの武将の居城となった。なかでも、元亀元年(1570)の姉川合戦では、敗走した浅井勢の磯野員昌が籠城し、8か月にわたる攻防がくりひろげられた。のちに「難攻不落の城」...

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