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category: 三重県  1/4

多気北畠氏館 三重県津市

多気北畠氏館北畠氏と伊勢国「北畠氏」と伊勢国との関わりは、『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』の作者としても知られる北畠親房(ちかふさ)が延元元(1336)年に伊勢国田丸城(現在の玉城町田丸)を拠点としたことに始まります。北畠氏は伊勢神宮の存在や南朝を支持する南伊勢の諸勢力、及び吉野朝廷(南朝)と東国との連絡経路等について考慮し、伊勢国に拠点をおいたものと考えられます。親房自身はやがて常陸国(ひたち...

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松阪城 三重県松阪市

松阪城松阪城は1588年(天正16)松阪市北部の独立丘陵に、伊勢湾に面した松ケ島城に代わる城として築城の名手蒲生氏郷が新たに築城したもの。氏郷は安土城の築城に携わっており、出身地の当時の最先端の技術集団を使い安土城とよく似た縄張りや構造を持った城をこの地に造った。松阪城は本丸、二の丸等、総石垣造りの各曲輪によって構成されており、その周囲には土塁が巡っていた。本丸には安土城に似た天守が建てられていたという...

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津城 三重県津市

津城織田信包(信長の弟)が天正8年(1580)に津城を創築。以後、 津は城下町として発展してきました。本丸を中心に出丸を置き、幾筋かの河流を城の外堀に取り入れたもので、 低湿地ながら防御には堅固な城でした。その後、藤堂高虎が四国伊予の今治(愛媛県)から移封、 慶長16年(1611)に大規模な改修を行い、北側の石塁を高く積み直し、その東北と西北の両すみに三重の櫓をつくりました。また、城の周囲に武家屋敷をつくる一方で...

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田丸城 三重県玉城町

大手橋から本丸迄本丸から大門跡㊟現地説明板を参考にしたイメ-ジ図です南北朝時代初めの1336年(建武3・延元1)、南朝方の拠点として北畠親房、北畠顕信によって築かれたといわれる。親房の三男北畠顕能が伊勢国司となって以降は、この城は国司館として伊勢支配の拠点となった。しかし、伊勢神宮を押さえる戦略的要衝であったため、南朝・北朝による争奪戦が繰り広げられ、1342年(康永1・興国3)に足利尊氏によって落城している...

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三瀬館(北畠具教館) 三重県大台町

三瀬館(北畠具教館)㊟イメ-ジ図になります(。>ω<。)ノ三瀬館跡は、上三瀬の北側にある鎌止山の裾野にあり、北畠具教は、裾野をほぼ三段に改修し、館の敷地を作った。そして、ここに館を築き、松阪の大河内城から移った具教は、天正4年(1576年)に謀殺されるまでの4年間、居住していた。しかし、敷地のどこに、どのような造りの家に具教が住んでいたのか、資料が発見されていない現在では、明らかではない。館跡の西と南側に...

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