古城巡り 写真館

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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Digi Bookで見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

category: 岐阜県  1/4

府中城 岐阜県不破郡垂井町府中(安立寺)

府中城は、現在の安立寺周辺にあったとされるが、遺構等は発見されいない。歴史についてもはっきりしたことは分かっていないが、一説には西美濃四人衆のひとり不破氏が居城としていたとされる。不破氏の出自については、百済系渡来人後裔説や源姓説など諸説あるが、不破氏府中城主説によると、その祖は山城国住人松井蔵人直家とされる。直家は鎌倉時代末期に不破郡府中村に移住し、不破氏を称したとされる。直家子孫の孫左衛門道広...

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竹中陣屋 岐阜県垂井町

岩手城と呼ばれていたが、江戸時代に竹中氏が旗本身分に留まったため城は陣屋と呼ばれるようになった。別名、竹中陣屋、岩手陣屋。羽柴秀吉(豊臣秀吉)の軍師(参謀)であった竹中重治の子である竹中重門が築いたものであるが、敷地を囲む大規模な堀(水堀など)と石垣などがあり、世に言う陣屋というものより小型の城と言ったほうが正しい。元々、竹中氏の居城は堅固な山城である菩提山城(岩手山城)であったが、平時には不便な...

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垂井城 岐阜県垂井町

「 ここは関ヶ原合戦に活躍した西軍の武将平塚為広の居城跡と云われています。平塚為広は豊臣秀吉に仕え、1万2千石の垂井城主となりました。大谷吉継と西軍に属し、伏見城の戦い、大垣城の譲渡交渉などに活躍し、決戦当日には、病気の吉継に変わり、太谷隊を指揮しました。小早川秀秋が西軍を裏切り太谷隊へ攻めかかると、為広は大長刀を振り回し、小早川隊を再三追い返しましたが力尽き、山内の家臣樫井太兵衛に討たれました。敗...

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関ケ原合戦岡山本陣跡

この山は海抜53メートルの丘陵で、慶長5年(1600)の関ヶ原合戦のとき東軍の総大将徳川家康の本陣が構えられたところです。天下分け目の大合戦に勝利を得た家康は、ここを徳川ゆかりの地と記念して、岡山の名を勝山に改めたと伝えられています。また、この山は聖徳太子の創建といわれる安楽寺領で、壬申の乱をはじめ貴重な史料が点在しています。岡山本陣跡大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )にほん...

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お茶屋屋敷 大垣市赤坂町

慶長10年(1605)に完成した将軍家専用の宿泊施設で、徳川家康・秀忠らが宿泊しました。本史跡は、約170メートル四方の方形区画で、御殿を中心に建物が配され、四隅には櫓も備えていたと推定されます。現在は、空堀や土塁などが残っており、城郭的要素を持つ貴重な遺跡として、昭和51年に県の史跡に指定されました。大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )にほんブログ村...

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