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category: 長野県  1/12

鈴岡城 長野県飯田市

鈴岡城㊟イメ-ジ図になります(-ω-)/室町時代中期、小笠原氏の流れをくむ鈴岡小笠原氏が居城としていた城である。北の毛賀沢川、南の伊賀良川にはさまれた標高約490mの河岸段丘上につくられた城で、複数の空堀に囲まれた本丸に二の丸と出丸のほか2つの外郭、西方の高地に遠見原要害を有する城郭である。その城域は東西300m、南北600mという大きな規模を持つ。信濃守護の小笠原氏は、14世紀、府中(現在の松本市)に拠点を置く府中...

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松尾城 長野県飯田市

松尾城小笠原氏は鎌倉時代に阿波国守護であったが、小笠原貞宗の代に建武の親政により信濃国守護となった。貞宗は伊那郡伊賀良荘の地頭で松尾出身と伝わり、松尾城は国府である筑摩郡井川館と並んで小笠原氏の重要拠点であったという。 応永7年(1400年)の大塔合戦で失った信濃守護を取り戻し、小笠原氏を再興した小笠原政康が嘉吉2年(1442年)に死去すると、政康の兄の子小笠原持長が家督相続を主張して内乱を起こし、文安3年(...

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松岡城 長野県高森町

松岡城㊟イメ-ジ図です、現地説明板を参考にしました。築城年代は定かではないが松岡氏によって築かれたと云われる。 松岡氏は平安時代の前九年の役で敗れた安倍貞任の次男仙千代が、乳母に連れられて市田郷の牛牧村へ逃れ、その後郷民に推されて地頭となり、松岡平六郎貞則と名乗り松岡古城に住んだのが始まりと云われる。鎌倉時代の動向は定かではないが、「吾妻鏡」によって弓始の射手を勤めたことがわかっている。応永7年(140...

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南本城 長野県高森町

南本城㊟イメ-ジ図になります♪(/・ω・)/ ♪城址入り口の説明板(馬出側)尾根状になった段丘の先端に築かれた高さ約90mの山城で、南北370m、東西340mの範囲に遺構が分布します。主郭1は西側に大規模な土塁を盛り、周辺に小さな郭を何段も重ねています。主郭から延びる尾根は堀で断っており、特に台地とつながる北側の尾根には、複雑な遺構が残されています。これだけ立派な山城であるにもかかわらず、古文書に記されておらず、城主...

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松岡古城 長野県高森町

松岡城跡の北西300メートル、松岡氏が最初に居を構えたと騙されている場所が松岡古城跡である。地元で「夫婦杉」と呼ばれている大木の根元付近には、松源寺開基松岡貞正の奥方の供養塔と称せられる「雲龍院殿泰室瑞安大師永正十六年己卯天十一月十五日」と刻まれた石塔が一基建てられている。また、周辺にはコウジ、横大道、クネ添、堀など城下町に関連する地名が残り、また一部には空堀 も現存している。確実な資料等は見当たらな...

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