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星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Digi Bookで見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ

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古城巡り 写真館

要害山城 山梨県甲府市

要害山城㊟イメ-ジ図になります(-ω-)/『高白斎記』に拠れば、築城は武田信虎時代の永正17年(1520年)6月であるという。武田氏は前年に居館を石和の川田館(甲府市川田町)から躑躅ヶ崎館(甲府市古府中町)へ移しており、駒井政武の領地であった積翠寺郷の丸山が城として取り立てられ、館の詰城として砦や狼煙台が築かれたという。 同年には駿河の今川氏勢の武将福島正成が駿州往還(河内路)を甲斐へ侵攻し甲府へ迫っており、信...

甲府城 山梨県甲府市

甲府城舞鶴城址公園/甲府城天正10(1582)年に武田氏が滅びると、甲斐は織田信長の領国となりましたが、本能寺の変後は徳川家康の支配下となり、平岩親吉が城代になりました。豊臣秀吉が天下統一を果たすと、徳川家康は関東に移され、甲斐は秀吉の甥にあたる羽柴秀勝が支配することになりました。秀勝の移封後は、加藤光泰が、光泰が文禄の役で没すると浅野長政・幸長の支配となりました。発掘調査により、城内の各曲輪から浅野家...

武田信重館 山梨県笛吹市

六角山成就院 武田信重館跡関東管領上杉氏憲(出家後禅秀)と関東公方足利持氏との争いに加担、上杉禅秀に味方した甲斐守護武田信満は、幕府軍に攻められ応永二十四年(1417)天目山にて自害します。信満死後甲斐国内は甲斐源氏である逸見氏一族が関東公方の後押しもあり実権を握りますが、それをヨシとしない幕府は高野山に逃れていた信満の弟信元を甲斐守護に任命します。そのため甲斐国内は争乱で不安定な土地となります(その...

武田信成館 山梨県笛吹市

㊟イメ-ジ図になります♪(/・ω・)/ ♪武田信玄の八代前の甲斐武田氏当主(信成-信春-信満-信重-信守-信昌-信縄-信虎-信玄)、武田刑部太夫安芸守信成の館跡現清道院です。甲斐国志では武田信守館跡とも伝えます。応永五年(1398)三月十八日、武田信成が信濃遠征の最中、居城である赤甲城は敵に攻められ落城。夫人は館内の井戸に身を投げたと伝わります。信成の子信春は応永十七年(1410)、母の菩提寺として屋敷跡に清道院を建立し...

勝山城 山梨県甲府市

㊟イメ-ジ図になります♪(/・ω・)/ ♪勝山城 遠景 城址は 半分は果樹園でほぼ藪!!笛吹川左岸の丘(勝山)の上に築かれていた城。『甲斐国志』によれば、油川(笛吹市、旧石和町)を拠点としていた武田氏一族の油川氏の居城である。城主の油川信恵(彦八郎)は甲斐国守護武田信縄の弟で、その後信縄から家督を相続した嫡男の信虎(信恵にとっては甥に当たる)と対立し、1508年(永正5)に坊が峰(笛吹市)で信虎と戦い敗死した...