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category: 埼玉県  1/26

石戸城 埼玉県北本市

石戸堤の桜(城ヶ谷堤)荒川の低地に突き出た舌状の台地に、室町時代長禄年間(1457~1460年)頃、扇谷上杉氏が築城した平城。1563(永禄6)年に上杉謙信が入城。江戸時代初めに廃城となったが、城の南に連なる家並は「宿並三十六軒」と呼ばれ中世の面影を残している。石戸城 イメ-ジ図(北本市Hpを参考にしました)北本市では「石戸城跡保存管理計画及び石戸城跡整備基本計画」が有るので今後を楽しみにしています一ノ郭は堤か...

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結城御殿 埼玉県鴻巣市

勝願寺勝願寺山門牧野氏墓所 徳川家譜代家臣。武蔵国足立郡石戸を治めていた牧野康成は伊奈氏と同様に家康から当寺の檀那になるように命じられた。康成の跡を継いだ牧野信成は領地替えのため石戸から下総国関宿、信成の後を継いだ牧野親成は関宿から丹後国田辺へと移り住んだが、その後も檀那としての関係を維持し続け、歴代当主は当寺に埋葬された。牧野氏の墓所は仁王門の向かって右手にあり、門扉には丸に三つ柏の家紋が記され...

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奈良梨陣屋 埼玉県小川町

㊟イメ-ジ図になります(-ω-)/奈良梨陣屋跡である八和田神社八和田神社東側に残る堀と土塁の一部は、戦国時代から江戸時代にかけて築かれたものと思われます。当時、鎌倉街道上道の宿駅として栄えた奈良梨において、現在の八和田神社の境内になんらかの施設がおかれていた可能性があります。 平成8年に実施した試掘調査の結果、この堀と土塁はほぼ平行して一直線に走っていることがわかりました。堀の断面形は箱薬研と呼ばれる中...

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伝箕田館 埼玉県鴻巣市

箕田源氏は、嵯峨天皇の流れを汲み、天皇の孫で源仕が武蔵守に任ぜられて東国に下り、箕田郷を本拠地としたのが祖とされ、宛、綱が活躍します。「扶桑略記」には、延喜19年(919)に前武蔵守であった仕が、武蔵守の高向利春を攻めようとしている旨を、朝廷に伝えていると記しています。これは、源仕が東国に下って、自らを”箕田源氏”と称して土着し、新任国司に対抗しようとした事を物語っています。また仕は、六孫王経基に仕...

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大蔵館 埼玉県嵐山町

大蔵館仁平3年(1153)に木曽義仲の父・源義賢が秩父重隆の娘をめとり、移り住んだ館跡とされます。義賢は、源氏の棟梁、源為義の次男として生まれ、近衛天皇が皇太子のときに東宮警護の長官である帯刀先生を務めました。しかし、部下の不始末によって職を追われ、北陸から上野(群馬県)とまわり武蔵(埼玉県)へと来ました。当時武蔵国内で大きな力を持っていた秩父氏と義賢が結んだことによって、関東で義賢の力が増大すること...

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