星の数ほどの城館(*ノωノ)随時更新中・・・・・・・・・・Digi Bookで見る 城館をどうぞ( `ー´)ノ 青森県 - 1ページ目17 - 古城巡り 写真館
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古城巡り 写真館

大浦城 青森県弘前市 2013年7月
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大浦城 青森県弘前市 2013年7月

大浦氏(のちの津軽氏)の居城として使われていた。大浦氏が戦国大名として地位を固め、臣従していた宗家の南部家から独立的な行動をとるようになった時期に使われていた城である。城の規模は東西500m、南北250mほど。津軽藩の始祖とされている大浦光信(おおうらみつのぶ)が南部氏への備えとして、1502年(文亀2)にもともとあった西根城を改修して築城し、次男の盛信を置いた。光信の跡を継いだ盛信の時代には、大浦城は主城とな...
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堀越城 青森県弘前市
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堀越城 青森県弘前市

堀越城入り口 熊野宮鳥居鳥居脇の城址碑「堀越」という地名が文献上に現れるのは、南北朝時代の建武4年(1337)にさかのぼります。この時の記録には「堀越に楯(館)[たて]を築く」とありますが、この「楯」の詳細は不明です。 大浦城(弘前市大字五代)の城主であった「南部右京亮[うきょうのすけ]」為信(後の弘前藩初代藩主津軽為信)は、16世紀後半(約440年前)に、津軽を支配していた南部氏から独立を図ります。この頃か...
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青森市城館 ② 青森県
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青森市城館 ② 青森県

油川城 新城 高屋敷館 青森県青森市油川城遠景青森市外北西の丘陵地に位置し、東西200m、南北350mの規模で平地の中に孤立した城郭となっていた。現在は畑作地となり平坦化されている。築城年代は不明であるが、諸書により南部氏奥瀬氏の居城とされる。「異聞記」に「油川へは南部奥瀬判九郎下り、外ヶ浜の代官となり、その子善九郎船水讃岐なり」とある。津軽氏の「津軽一統志」に、天正13年(1585年)3月、大浦為信による油川...
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青森市城館 ➀ 青森県
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青森市城館 ➀ 青森県

青森市城館 ➀ 青森県浅瀬石城城は北へ突き出た舌状台地の先端にある。城址は、現在リンゴ園となっており、堀跡は、農園内の作道となっている。近くには、浅瀬石川が流れている。城の構造は東方・北方に浅瀬石川が流れているが、西方・南方の城下があった高賀野方面は平地である為、田舎館・大光寺方面との連携が必要である。仁治元年(1240年)、千徳氏の祖である一戸行重が築城したとされるが、その根拠とされる『黒石星田家文...
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黒石市 平川市 田舎館村城館 青森県
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黒石市 平川市 田舎館村城館 青森県

黒石市 平川市 田舎館村城館 青森県尾崎城・本丸の城址碑尾崎城は、周辺の城郭同様集落のほぼ全体が城址である。戦国時代には、大光寺城の支城として機能していた。平城ではあるが堅固である為、隣村の新屋城と共に、浅瀬石城、浪岡城など諸城と協力する事によって、本城、大光寺城を守るのに力を発揮する。現在はほとんど宅地化しているが、堀や切岸が比較的良好に残されている。城は本郭(大館)と外郭(小館、尾崎出丸、勘助...
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